2016年08月20日

ニュースの真相

 メアリー・メイプスは、CBCニュースで20年のキャリアをもつプロデューサーで、ダン・ラザーは、長年CBCでアンカーマンとして人気を博してきたベテランだった。2004年、イラクのアブグレイブ刑務所での虐待事件を報道したあと、大統領選の最中、メアリーはチームを組んで、現職大統領ジョージ・W・ブッシュの軍歴詐称疑惑の調査に取り掛かった。
 公式記録によると、ブッシュは、ベトナム戦争さなかの1968年に6年契約でテキサス空軍州兵として入隊し、1973年に早期除隊。その間、1972年に健康診断を拒んで処分を受け、アラバマに転属しているが、その後1年は勤務した形跡がない。つまり、ベトナム行きを逃れるためにコネで入隊したうえ、職務怠慢だった疑いが、ささやかれていたのだ。

 チームは、ブッシュが入隊した当時の副知事や、当時の指導教官キリアン中佐、キリアンの上官だったホッジス将軍らを探し出すが、キリアン中佐はすでに死亡。他は、みな同じように口を閉ざすか、疑惑を否定するかだった。

 そんな中、キリアン中佐が残したという文書のコピーが、退役軍人バーケット中佐から提供された。そこには、ブッシュの訓練不参加や、能力不足が記録されていた。

 チームは直ちに文書鑑定家に鑑定を依頼するとともに、さらに取材を進めると、元副知事はブッシュを入隊させたことを認め、ホッジス将軍は文書の内容を否定しなかった。充分ウラが取れたと考えたメアリーたちは、キリアン文書をブッシュ疑惑の新証拠として報道する。

 スクープはたちまち話題となるが、直後に窮地に立たされたのは、ブッシュ陣営ではなく、メアリーたち報道した側だった。「文書のフォントも書式設定も、70年代当時にはないもので、文書はワードで打たれた偽物だ」、とネットで保守派のブロガーたちが騒ぎ出したのだ。
 メアリーたちは、過去の膨大な文書のなかから、同じフォントや書式設定を見つけ出すが、証拠の文書はオリジナルでなくコピーのために、正式な鑑定はかなわず、メアリーたちはどんどん追い詰められていく。

 何週間にも及ぶ粘り強い取材が、ネットの一撃で無残にも崩されていく。ネットの中には、メアリー個人に対する酷い攻撃も並んでいて、身がすくむ思いだ。一度火がついた攻撃はどんどん拡散し、他のメディアも同調し出す。そして、その負の勢いにあおられてか、一旦文書の内容を認めたホッジス将軍も、言をひるがえすのだった。

 そんな中、チームを守ってくれるはずの会社は、内部調査委員会を設置。報道を誤報と決めつけ、その責任をメアリーに取らせて、事態を収拾しようとするのだった。委員のなかにはブッシュに近い者も数人いて、初めから出来レースの過酷なものだった。アンカーマンのラザーは番組を去り、メアリーは解雇される。二人の栄光に包まれた輝かしいキャリアは、文書の騒動で一気に崩れさっていく。

 悔しいのは、世間の関心が文書の真偽にだけ集まり、ブッシュの疑惑自体はまったく問題にされなくなったことだ。新証拠はワナだったのか。関係者の証言からも、記録からも、疑惑は明らかだというのに。アメリカのその後にとって、この報道が消された影響は、はかり知れないはずだと思う。

 調査委員会の最後に、メアリーが行った反論は、真実を追究する者の高い知性と誇りに貫かれていて、感動的だった。彼女たちが手掛けていた調査報道こそ、ジャーナリズムが力を発揮すべきもののはず。リスクが大きいからといって、調査報道が少なくなるのは残念でしかない。
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2016年08月11日

ミモザの島に消えた母

 妻と離婚したばかりのアントワーヌ。娘たちと定期的に会っているが、思春期の長女マルゴは彼に距離を感じている。建築関係の仕事をしているが、現場での指示を誤ったり、周囲の信頼を損ねるミスを繰り返す。穏やかで、思慮深そうで、充分魅力的な男が、なぜ円熟期の人生で失敗ばかりしているのか。それは、幼い頃に起こった母の死が、心に刺さっているから。彼は数年来カウンセリングに通っているが、父と話せないことに悩んでいる。母の事故について知りたいと願ってきたが、父にも祖母にも拒まれる。家族の中では、それは聞いてはいけないこと、避けるべきことなのだった。

 妹のアガットは、兄が感じる疑惑をただの妄想だといい、過去にこだわる兄の姿勢を批判する。死んだ母を名前でしか呼ばない彼女。アガットにとっては、自分を育ててくれた父の再婚相手こそが母なのだ。

 母の30回めの命日、母が死んだノアールムーティエ島を訪れた兄妹は、祖母の家で家政婦だったベルナデットと再会し、遺体の発見場所が10キロも離れた対岸だったと聞かされる。疑念を深めるアントワーヌにアガットが怒り、帰路の車内でのけんかのせいで、自動車事故が起こってしまう。まるで、封印された過去に突然襲われたかのようだ。だが、このことが、アントワーヌを謎に大きく近づける。

 入院したアントワーヌは、母がかつて置かれた安置所に入って、死体修復師のアンジェルと出会う。彼女も子供の頃に父を失くしていて、今の職業に就いたのは、父の無残な死がきっかけ。アントワーヌは、アンジェルに自分の思いを語ることによって、前に進む力を得るのだった。

 ベルナデットから渡された、母の遺品の高級時計。それに刻まれたジャン・ウィズマンという名前。父に尋ねても、中古を買った時からだと言い張るだけ。名前の人物を探し出し、母との写真を見せても、父も祖母も無視。アントワーヌが真相に近づけば近づくほど、家族とのいさかいが大きくなり、溝が広がって、彼はひとり孤立していく。

 子供の頃の記憶が、アントワーヌのなかで度々フラッシュバックする。自分が島にいたのは、母が死んだ日と近かったのではないか。確かそこで、母の遺体を見たのではないのか。そして、母のことにかかわらないようにしていたアガットにも、同じことが起こる。マルゴに同性に恋する気持ちを相談をされた彼女は、突然、幼い頃に目撃した、母と恋人とのキスシーンを思い出すのだ。

 子供の頃の記憶には、本質的なものが宿っている。それは孤独に通じ衝撃的な分、強い無意識で隠される。アガットは、父や新しい母との生活のために、母の思い出を忘れたのだ。一方、アントワーヌは、記憶がいくら鮮明でも、当時の大人の助けなしには、その意味を知ることはできない。

 すべてを解き明かしたのは、ベルナデットの証言だった。30年にわたる、祖母と父がついていた嘘。それは、二人を信頼していたアガットにとっても、破滅的なものだ。隠された過去は、その後の人生を踏みにじる。贖いを求めるかのように一瞬に感情を爆発させるアガット。だが、その後、彼女には兄との和解があり、ずっと少年のままの心を抱えて、人生をさまよっていたアントワーヌは、やっと大人になれるのだろう。

 本土と島をつなぐ、長い道で起こる事故の場面が恐ろしい。その道が満潮で沈み、また現れるのが、過去の象徴のようだった。
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2016年08月09日

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男

 第二次大戦後、ソ連との冷戦下で、共産主義の脅威を排除しようと、アメリカ国内でレッドパージが始まり、下院非米活動委員会による攻撃はハリウッドにも向けられた。最初に標的にされたのは、ハリウッド・テンと呼ばれた、監督や脚本家たちで、ダルトン・トランボは、その中で最も売れっ子の有名人だった。

 下院非米活動委員会に全面的に協力する「アメリカの理想を守るための映画同盟」なるものがあり、ジョン・ウェインがその議長だった。議会で協力するロナルド・レーガンの実際の映像。非米活動委員会や映画同盟は、共産主義者はソ連のスパイで、国家転覆をもくろんでいると主張。トランボは、撮影所のストに協力したり、労働者の賃金について監督に直談判したことで、目をつけられる。ただ弱者に優しい眼を向けたり、富の独占に異を唱えたりしただけで、疑われたのだ。メディアも一斉射撃し、なかでもコラムニストのヘッダ・ホッターが、執拗に攻撃し続ける。

 議会で証言を拒み、議会侮辱罪に問われたトランボは、裁判にも負けて、刑務所に収監される。文字通り丸裸にされ、自由も尊厳も奪われた。だが、トランボのやったことの何が、それほどの罰に値するというのか。思想自体を狩る社会のヒステリックさは、恐ろしくも滑稽なほど。自由と民主主義のためと言いながら、それとは真逆の事態が、社会を覆っていたとしか思えない。

 トランボは、言論の自由を求めて、抑圧に対して常に強烈に口論する。頑固で、皮肉に満ちて、ユーモラスでもあり、一筋縄ではいかない人物像に惹かれた。
 生き延びるための作戦も柔軟で、出所後もブラックリストのせいで働くことのできなかった彼は、B級映画専門のキングブラザーズ社で、大量の偽名を使って大量の脚本を書き始める。質は問われないのに、トランボの手にかかれば上出来。経営者を満足させ、同じようにあぶれた仲間にも仕事を回し、ブラックリストの効力をそいでいく。

 芸は身を助く、というが、彼の才能が何よりの武器だった。トランボは収監前に「ローマの休日」の脚本を、旧知のイアン・マクレラン・ハンターに託し、ハンターの名前で発表させ、それがアカデミー原作賞に。キングブラザーズ社での「黒い牡牛」も同賞を獲る。幻の作者探しの中で、トランボの存在が浮かび上がり、ブラックリストの愚かしさを、世間に認識させることになるのだ。

 だが、ここまでの長い苦労。彼ががむしゃらに闘ったのは、家族の生活のためだったが、彼を支えた妻や、仕事に協力した子供たちの奮闘があったからこそ。家族のドラマに、胸が熱くなった。

 トランボはハッピーエンドだったが、レッドパージで、多くの人々が仕事や家族を失くしたり、自殺したりしたという。1975年までブラックリストが存在し続けたのも驚きだ。
 トランボはインタビューで、「この事件には被害者しかいない」と社会の疲弊を静かに語っている。生活のために友人を売ってしまった者たちも、俯瞰すれば被害者かもしれない。だが、積極的に推進した者たちは?権力の座にいた者たちは?ともかく、寛容さを失った社会の狂乱の恐ろしさが迫ってきた。
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2016年07月31日

MR.DYNAMIT The Rise of James Brown

 ミック・ジャガーのプロデュースによる、ジェームズ・ブラウンのドキュメンタリー。
 
 当時のJBを知る人たちの証言がいっぱい。ミック・ジャガーも、少年の頃に大人たちに混じって見たライブの様子を振り返りながら、すごく楽しそう。
 ライブで一緒だったバンドメンバーたちの話は、エキサイティングなライブの興奮とともに、人を信用しない孤独な暴君としてのJBの横顔や、数々のトラブルを伝えて生々しかった。舞台できっちり合図を送ってくるJBが、ときおりフェイントをかけてきて、それをうっかり見逃すと、容赦なく罰金をかけられた、とか、恋人連れて現れた時は、彼のあまりの嫉妬深さのために、恋人は必死にJBしか見ないようにしていた、とか。ギャラの不払いのせいでみんながJBを見限った、とか。
 リズム&ブルースにジャズの要素を加え、1拍目を強調するリズムでファンクを発明する過程も、興味深かった。清志郎も、強い影響を受けていたんだろうと思う。ライブの間奏で、1拍めを強調するリズムをバリバリに展開していた。
 
 何より圧倒的だったのは、本人のライブ映像。腰を振り、足を震わせて、高い声で激しいシャウト。ステージを走り回って、エネルギーの塊。ハンサムじゃないけど、ものすごくセクシー。自信満々なのに、切なくて助けてあげたくなる。もう眼も耳も釘づけ。映像でもすごいのに、その場にいたら、感電してしまいそうだ。

 黒人の権利を求める、公民権運動の時代だった。1966年、テネシー州メンフィスから、ミシシッピ州のジャクソンまでの220マイルを歩く「恐怖に抗する行進」のゴール地点に現れて歌うJBの映像。この後彼は、ブラックパワーの象徴的な存在となる。
 そして、1968年、キング牧師が暗殺され、アメリカ中に暴動が起こったなかでのボストン公演。興奮した観客がステージに上がってきて、それを白人警官が排除しようとするのを、JBは止め、黒人としての誇りを説いて観客を鎮めて、見事ライブを続行する。まるでキング牧師が乗り移ったかのよう。これも当時の本人の映像に興奮した。

 あふれる才能。しかも社会に深くコミットした人物だった。本人のインタビュー映像もあり、すごく雄弁で時にケンカ腰だったが、「ソウルは、黒人の苦難の歴史が生んだもの。」「ソウルとは、生き延びること。」という言葉が心に残った。
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2016年07月26日

裸足の季節

 トルコのイスタンブールからはるかに離れた小さな村。両親を失くし、祖母と叔父のもとで暮らすソナイ、セルマ、エジェ、ヌル、ラーレの5人姉妹。学期が終わり、転任してしまう大好きなディレッキ先生と別れを惜しむラーレ。その後、海岸で男子生徒と騎馬戦をした彼女たちだったが、家に着くや、怒りで取り乱した祖母に折檻される。隣人が、彼女たちがみだらなことをしていた、と告げ口をしたのだ。叔父も激怒。姉妹たちは、家に閉じ込められてしまうのだった。

 姉妹たちは、パソコンや携帯の他、こまごました私物も捨てられ、ラーレが「クソの色」と呼ぶ暗い色の服を与えられ、料理や掃除などの花嫁教育を受けさせられる。そして、一人、また一人と、知らない男と結婚させられていくのだった。

 豊かな長い髪、のびのびした手足。家の外でも中でも、ふざけ合う姉妹たちは、ほとばしるようなエネルギーにあふれている。だが、周囲にとって、それは手に負えない危険なものでしかない。処女検査とか、初夜のベッドの血を身内に見せる風習とか、驚くような場面があったが、女性を一人の男のものとしか見ない社会では、少女たちの性を管理するために、彼女たちの一挙手一投足を、すべて性的なものにつなげているようだ。だから、ただ元気のよい遊びがセックスに連想され、普通の自己主張である服や、アクセサリーや化粧品が、男を誘惑するための不埒なものとして扱われるのだ。
 
 新学期が始まっても、姉妹たちは学校へも行けない。犯罪ではないのか、と思えるひどい仕打ちを、誰もおかしいとは思わず、正しいと信じている。親戚も地域も同じ考えだし、保護者の権限が大きくて、どこからも救いの手が届かないのが恐ろしい。

 それでも、彼女たちの自由を求める気持ちは抑えきれない。だが、苦労して抜け出し、みんなでサッカー観戦に行ったあとも、姉たちが次々と嫁がされ、ラーレが一人家を抜け出したあとも、それらが見つかるたびに、監禁状態は益々厳重になっていく。だが、外に出るチャンスをつかむ度、賢いラーレは、脱出のための収穫を得ていた。トラック運転手のヤンと知り合って、車の運転を教えてもらう。そして、枕に自分の髪を縫い付けたり、鍵の在処や、天井裏からの出口を見つけたりと、周到に計画。ついに、ヌルの婚礼の日、花婿をじらす慣習を逆手に取って、家に籠城するのだ。厳重な監禁が、娘たちに有利にどんでん返る痛快。だが、逃亡はまさに命がけだった。

 あまりにも生きづらい社会。だが、ヤンのような男の人や、ディレッキ先生のようにラーレを理解してくれる人もいる。ラーレの選択の先に、きっときっと、彼女の望む人生があることを信じたい。 
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2016年07月16日

帰ってきたヒトラー

 1945年4月30日に自殺したヒトラーが、なぜか現代のベルリンで生き返る。すっかり変わった街に驚き、いなくなった側近を探して官邸に向かう彼を、テレビ局をお払い箱になったフリーのディレクターのザヴァツキが見つける。ヒトラーを彼のそっくり芸人だと思い込んだザヴァツキは、復職のためのネタに使おうと、ヒトラーに遭遇した街の人々の様子を撮る番組を企画し、彼をドイツ各地に連れて行く。

 よみがえった当初、新聞屋にかくまってもらいながら、ソ連の諜報機関のワナだろうか、と混乱しながら頭をしぼるヒトラーと、周りのチグハグさが笑える。
 いざ各地の街に出て行くと、遠巻きに見る人や怒り出す人もいるが、近づいて話しかけてくる人も。似顔絵で商売を始めると大盛況だ。過激派でもなければ、反移民のデモに出かけもしない普通のおじさんたちが、移民に対する反感や、民主主義へのうんざり感や、強い指導者の出現を望む気持ちを口にするのだ。相手がヒトラーだから、本音が出たのか。若者はヒトラーと自撮り。これらは、実際の街でのドキュメント映像だそうだ。

 自撮りのおかげで、どんどん拡散されるヒトラー。テレビに出ると、番組の出演者たちをひきつけ、視聴率も瞬く間に上がっていく。ヒトラーは、街では人々の話を静かに聴き、番組内では、沈黙さえ操って人々の心を魅了していく。芸人としての素をまったく見せずに、徹頭徹尾ヒトラーになりきるすごみと生真面目さ。ソフトな口調が、突然鋭い演説に切り替わるギャップ。視聴者は、ヒトラーをあくまで芸人と思いつつ眩惑されていくが、1940年代のヒトラーも、ウソと巧みな戦術で国民を引きつけたのだろう。

 テレビ局の倫理のなさ。新局長の座についたベリーニ嬢は、自身の成功と権力欲のためにヒトラーを出演させ続ける。副局長のゼンゼンブリンクがそれを妨害するのは、反ナチだからではなく、ただ彼女を蹴落としたいから。自分が彼女のイスに座るも、番組の視聴率が急落すると、しらっとヒトラーを再登板させる。

 ヒトラーは人々の話を聴きながら、「貧困や失業は都合がいい」とうそぶく。ネットもテレビも、自分をスターにしてくれる。巷にあふれる反移民のデモ。憎悪や不満をくすぶらせながら、社会がどんどん不寛容になり、国粋主義に傾斜していくさまは、ヒトラーが現れたあの時代に似ているのでは。

 ヒトラーが放つある種の人間臭さを見ながら、最後に人々の前に現れた、実際のヒトラーの映像を思い出した。大きくても16,17歳の少年や、小さい子では13歳以下の少年たちの頬をさわり、手を握って、慈愛の眼差しでねぎらい、激励するヒトラー。不安げで優しそう。だが、彼が少年たちに命じていたのは、スパイ行為や脱走兵の密告や、それによる死だったのだ。ヒトラーに人間的な魅力があったかかどうかなどより、彼が何をした人物かが、決して忘れてはならないことだろう。映画では、一族を収容所で殺された老女が、一人ヒトラーに向かって叫び声をあげる。

 ヒトラーが芸人ではなく本物だと気付いたザヴァツキが、ピストルでヒトラーを追い詰める場面。現実の歴史では何度も失敗したヒトラー暗殺が起こるのか、と固唾を飲んだ。だが、ヒトラーは利益追求のテレビ局に守られ、一人真実を知ったザヴァツキには悲劇が待っている。
 反移民の旗がひるがえる大勢のデモの映像。それをほくそ笑むヒトラー。観たあとには全然笑えない、暗澹とした気持ちになった。
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2016年07月10日

フラワーショウ!

 カルト文化が色濃く残るアイルランドの田舎で育ったメアリー・レイノルズ(エマ・グリーンウェル)は、広大な自然の風景を深く愛する少女だった。だが、彼女が大人になった頃、手つかずの自然は、畏怖を感じない人々によって、娯楽の場になっていく。
 デザインが得意だったメアリー。著名なガーデン・デザイナーのシャーロットの事務所に応募すると採用され、自然との共存の大切さを訴えるための庭を世に出そうと奮闘するものの、さんざん利用されたあげくクビに。どん底のメアリーだったが、シャーロットのお供で行ったチェルシーで知ったフラワーショウに、自分も出展しようと思い立つ。

 メアリーの魅力は、世間知らずで何とも危なげな感じと、信念をもって夢に向かって行く、エネルギッシュな奔放さが、混じっていること。
 シャーロットのもとでデザインを盗まれても、放り出されるまでお人よしのまま。だが、いったんショーへの出展を決めると、金賞を取ることを疑わない。事務局長の取りつく島もない対応にめげずに電話をかけ続け、アレルギーに効くハーブを教えてあげて秘書と仲良くなって、締切りの直前に願書を入手。そして、独創的なコンセプトにより、2000人もの応募者中、たった8人に選ばれるのだ。

 だが、ショーに必要な大量の植物や石や、施工に協力してくれる人たちのあてがあったわけではなく、25万ポンドという資金をどうすればいいかも分かっていなかった。それでも、不思議なほど次々と縁に恵まれる。
 元クライアントの家で庭の石を積んでいた職人をアタックすると、彼らは自然保護団体のメンバー。団体の長の会議に出かけて行って説明すると、植物を用意してもらえることに。しかも、メアリーはその場所で、シャーロットの事務所で出会って以来ひそかに恋してる、植物学者のクリスティン(トム・ヒューズ)に再会するのだ。
 
 出展者に選ばれた時点で、ショー開始までわずか80日。時間が刻々と迫るのに、展開が悠長で、このままで大丈夫なの?とヤキモキさせられた。メアリーはクリスティンに協力を求めるが、彼はショーの必要性を認めず、砂漠の緑の方が大切だ、とエチオピアに行ってしまう。それをメアリーははるばる追って行って、一緒にプロジェクトに参加しつつ説得し続ける。
 若過ぎるうえにイケメン過ぎて、全然学者に見えないクリスティン。恋多きはずの彼が、全然手を出してこなくて、結ばれそうでちっとも進展しない二人の関係も、同じく悠長。

 ラジオ出演が功を奏して、偶然出資者が現れるが、クリスティンが説得に応じてくれて、庭作りのための用意が本当に整ったのは、何とショーの20日前。会場に大量の材料を運び込んで、ここからやっと庭作りが開始。信念と情熱があれば奇跡が起こるのか。でも、こんなギリギリは、いくら何でも現実味がないと思う。そして、ここからまだまだ試練が起こっていくのだ。

 メアリーの作った「ケルトの聖域」は、無造作で一見雑然としてるのに、秩序と静けさが満ちていて、どこか日本の庭園に通じるところがあるかも、と思った。 
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2016年06月26日

スポットライト 世紀のスクープ

 2001年、ボストンの地元紙グローブに赴任した新編集長のコーティン・バロンは、神父ゲーガンによる長年にわたる児童の性的虐待疑惑を、特集紙面の「スポットライト」で取り上げるよう指示を出した。

 ボストンでは教会が力をもち、グローブの新しい局長が教会にあいさつに行くことが慣例になっているほど。教会が調査やスクープの対象とは考えられていなかった。

 被害者団体のメンバーに話を聞いたチームの面々は、加害者はケーガンだけでなく、ボストンには性的犯罪を犯した神父が13人いると告げられて驚く。自分は運のいい生存者だが、被害者の中には、酒やクスリに溺れたり、自殺したりする者が多いということにも。

 被害者宅を一軒一軒まわって聞いた話は、残酷なものだ。神父は、神の代理者としての権威と、偽りの優しさで巧妙に子供に近づき、欲望のために彼らの人生を破壊する。餌食になるのは貧しい家の子供たちで、それは、わずかな示談金で口を封じやすいから。

 加害者を教会の年鑑で調べてみると、彼らはみな、短期間で転任させられていることが分かった。その共通項を逆探知すると、次々と疑惑の神父が、大量に浮上。そして、教会が、性的虐待者を転任するという手法で、事件を隠蔽していたという、恐ろしい事態が明らかになっていくのだった。

 これは巧妙な犯人秘匿。全米にネットワークをもつカトリック教会だからできたのだろう。だが、犯罪者を罰せずに他の地域に送れば、そこでもまた同じことが繰り返されることは簡単に像できるのに、教会が恐れたのは、そんな危険性より、何より教会の権威が失墜だったのだ。

 調査では、教会がふるう政治的な力が大きな壁となって、行く手を阻む。裁判の原告側の弁護士は、教会から数々のいやがわせを受けて、誰にも用心深く、チームにも協力しようとしない。教会側の弁護士たちは、守秘義務を理由に、口を開こうとはしない。裁判所を通さない直接示談のために、資料がなかったり。

 刻々と動く状況に冷静に対処しながら、エネルギッシュに走りまわる記者たち。厚い壁にもめげず、何度も挑戦し、思わぬ近くに突破口を見つけたり。朝一で資料を手に入れるために、一晩中裁判所で待ったりも。彼らの心に火をつけたのは、重い過去を語ってくれた一人一人の被害者への共感だ。一方で、たえず他紙との競争にさらされてもいる彼らの競争心や焦燥も、リアルだった。

 「スポットライト」は、一つのことを何か月もかけて追いかける特集。2001年に記事にしてから、チームは神父による児童の性的虐待と教会による隠ぺいについて、なんと600回も連載している。地道な調査によって、巨大な権力による不正を暴き、声なき犠牲者に光を当てる。これぞ報道の真骨頂だろう。 
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2016年06月12日

殿、利息でござる

 江戸時代、仙台藩の吉田宿。やせた土地で、百姓だけでは食べていけないため、商売もしながら暮らしていた町の人々だったが、物資を輸送する天馬役を負わされていたうえ、馬の購入や飼料代、人足の費用などが町の自腹だったため、人々は困窮し、夜逃げする者が続出。残った者たちの負担が益々増えるという、悪循環に陥っていた。

 お上のやり方に憤慨する造り酒屋の穀田屋十三郎(阿部サダオ)に、策を相談された茶師の菅原屋篤平治(瑛太)は、「藩に千両を貸し付ければ、その利息百両を天馬の費用に回せる」とひらめいた。
 あまりの大金だから、絵空事だと思ったのに、十三郎はそのアイデアに飛びつき、すぐさま叔父を賛同者にして連れてきた。町のまとめ役である肝煎りや、その上の大肝煎り。彼らは、藩の行政の下部役員でもあり、計画を打ち明ければ即反対し、迫害してくるかもしれない相手なのに、すんなり賛成してくれて、え〜!な展開。
 もうかる投資と間違えて仲間に入る両替屋(西村雅彦)や、煮売り屋のとく(竹内結子)にいいところを見せようと金を出す小間物屋(中本賢)など、欲や下心も人々を動かして、ごたごたがありながらも少しずつ仲間が増えていく。

 当時の千両は、今に換算すると何と3億。それを十三郎たちは、生活を切り詰め、家財を売って工面しようとする。自分の損得を抜きに、地域のために頑張っていくのだ。町全体に図って全員から集めることはかなわないので、志をもった者が、できる限りの力を尽くそうとするのがすごい。彼らは、今の状況の理不尽さを何とかしたいだけでなく、息子や、そのもっと先の未来の町の人々の繁栄を見据えていたのだ。

 十三郎たちは中町の人間だったが、噂を聞いた下町や上町の人足たちが、競争心から、それぞれの有力商人たちを説得にかかるのもおもしろかった。そうして、十三郎の弟の、造り酒屋の浅野屋甚平(妻夫木聡)が大金を出すことに。だが、それを聞いた十三郎は、突然計画から降りると言い出すのだった。 

 長男でありながら幼い頃に養子に出された十三郎は、出来のいい弟へのコンプレックスと、父(山崎勉)に愛されなかった思いを抱きながら、守銭奴の二人を憎んでいた。彼が、弟との確執を乗り越え、父が隠していた志を知るのがドラマチック。そして、軽い気持ちの言い出しっぺだった篤平治は、十三郎とのからみでどんどん本気になっていく。

 涙ぐましい努力と忍耐で目標額を達成するものの、願いをお上に聞き届けてもらうまでが、最大の難関だった。代官が味方になってくれてお上の耳に入れてくれたのに、出入司の萱場杢(待田龍平)が即却下。熱心だった大肝煎りは、出世欲から心を離しかける。そして、やっとのことでオッケーが出たかと思うと、小判へのレート相場が変わったせいで、さらに大金が必要に。それでもまげず諦めず、骨身を削って金を集める人々の、粘り強さと団結力に圧倒された。

 最初の計画から延々6年。みんなの願いが達成され、喝采したい気分で流れたRCの「うえを向いて歩こう」、最高だった。
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2016年05月10日

忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー

 7日、日比谷野音に「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー」を聴きに行った。
 
 トップバッターは、黒猫チェルシーで、「わかってもらえるさ」、「僕の好きな先生」、「君を呼んだのに」、「多摩蘭坂」。ボーカルは、清志郎の高校時代を描いたテレビドラマで、清志郎と間違われる男子生徒の役を演じた人。「清志郎さんをすごく尊敬していて、いつかセッションできたらと思い、2009年の4月に神戸から上京したら、5月に亡くなってしまった。死んだら天国でセッションしたいけど、それまでは現世で歌います」。彼の若さが、清志郎の若い時の曲に合っていると思った。

 次はサニーデイサービスで、「ファンからの贈り物」、自分の長女の名前が春子だと言って「大きな春子さん」、「ヒッピーに捧ぐ」、「君は空を飛んで」、「僕の自転車のうしろに乗りなよ」。すごい声量で、絞り出すような歌い方だった。

 3番目のJUN SKY WALKERは、RCの王道ソングを独り占め。「ロックンロールショー」、「キモちE」、「スローバラード」、「トランジスタ・ラジオ」、「上を向いて歩こう」。MCも、ガッタガッタも、マイクを空中でブンブン回すのまで、清志郎がやってたとおり。高校の時、今の壁がフェンスで、そこによじ登ってリハーサルを聴いてた頃からのファンだそうだ。 

 シアターブルックの佐藤タイジが「甲州街道はもう秋なのさ」を歌い終わると、梅津和時と片山広明のサックスが加わって、「ドカドカうるさいロックン・ロール・バンド」。佐藤タイジははじめは標準語だったのに、すぐに大阪弁丸出しになって、ガンガンにみんなを煽っていた。ちょっと暑苦しかったけど、ギターはめっちゃカッコよかった。

 TOSHI-LOが登場すると、会場から声援がいっぱい飛んだ。
 「地震のあとには戦争がやってくる。軍隊を持ちたい政治家がTVでデカいことを言い始めてる。国民をバカにして戦争に駆り立てる。いったいこの国は何なんだ。僕が生まれて育ったこの国のことだ。君が生まれて育ったこの国のことだよ。どうだろう、この国の憲法第9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ。俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか。戦争はやめよう。平和に生きよう。そしてみんな平等に暮らそう。きっと幸せになれるよ。」と2000年の清志郎の言葉を紹介したあと、「明日なき世界」。
 それから原発について、「東北地震の直後、経産省に電話をかけて、メルトダウンしてますよね?と言うと何人もの役人が否定して、それでも粘ると、最後に出た人に、私たちがしてないと言っているのに、信じないアンタは頭がおかしい、といって切られた。あの事故までは、清志郎さんの歌を聴いてもまさか、と思っていたけど、今は、あの役人たちと清志郎のどっちを信じるかといったら、断然清志郎だぜ。」と語って、「日はまた昇る」を歌った。
 私の席は、会場の一番上の一番端だったので、会場がよく見渡せた。TOSHI-LOが登場した頃、日がかなり落ちていて、彼の言葉に拍手する人たちが光に浮かび上がって、波のようだった。

 チャボが登場すると、「RCサクセションが聞こえる」のサビを歌ったあと「あきれて物もいえない」。それから、「60年代の終わり頃に渋谷の青い森で出会って、遅いステージのあと、よく僕のアパートに泊まりに来ていた。その頃清志郎が作って聴かせてくれた曲」と言って「もっと落ち着いて」を歌ってくれた。初めて聴く曲だったが、メロディーラインが「夢をみた」に似てると思った。同じように切ない歌だった。
 「清志郎の曲のメッセージは、僕はここにいるよ、僕を見て僕を愛して、だと思う。」と語り、野音について、「今だから言えるけど、前日に彼女とケンカしてヘビーになってたことがあった」とか「龍平ちゃんをステージにつれてきた時、父親の顔だと思った」と思い出を話した。

 TOSHI-LOが清志郎のコスプレをして、マントまで羽織って出てきて、「よ〜こそ!」スーツ姿の山本シャブちゃんが懐かしかった。
 最後は全員で「雨上がりの夜空に」。それからチャボが「夜の散歩をしないかね」。
 それから、恒例のスクリーンで歌う清志郎。やっぱり彼を聴かなくちゃ。唯一無二の声。

 チャボが何度も「清志郎が聴いてるよ」、「清志郎が喜んでるよ」と言っていたのが印象的だった。若い歌い手たちが彼の歌を引き継いでくれてるのがうれしかった。なだらかな会場が、温かな谷間のような感じがした。
 
 

 
posted by HIROMI at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記