2015年05月29日

サンドラの週末

 しばらくの休職から職場復帰しようとしていた金曜日、サンドラ(マリオン・コティヤール)は突然の解雇を告げられる。彼女が休んでいた間、彼女なしでも仕事が回ることが分かった社長は、彼女の復帰かボーナスなしかを社員に選ばせる投票を行い、同僚たちが自分たちのボーナスを選んだというのだ。主任の脅しがあったことを知ったサンドラは、社長に掛け合い、月曜の再投票を約束させる。16人のうち過半数が彼女を選べば復帰できるが、運命の期限まであと2日だった。

 解雇を知らせる電話のあと、サンドラは感情を押し殺そうとするもできず、蛇口に飛びついて錠剤を飲み下す。多分彼女は精神の病と闘っていたのかもしれない。普通の復職でも、仲間に迷惑をかけたという思いや、緊張があるだろうに、これからという時に自分の存在を否定されるショックはすごいはず。だが、生活を抱える彼女は闘っていく。同僚を一人一人訪ねるが、親しかった友人に居留守を使われたり、拒否に合うたび疲れ果て、何度も錠剤に手が伸びる姿が痛々しい。

 同僚たちが選んだボーナスは1000ユーロで、充分な金額には思えない。だが、それがどうしても必要な分、彼らはさまざまな事情を抱えている。妻が失業して、ボーナスがないと生活できない。パートナーと別れたばかりで暮らしが不安定。子供の養育費のために、休日も他の仕事をしている。etc・・。そして、つっけんどんな者も、当惑を隠せない者も、みな自分たちの選択にどこか後ろめたさを感じている。そもそも、この理不尽な二者択一は、彼らが望んだことではない。苦しいサンドラは、同じように苦しい彼らの事情に触れていく。必死だが手短な説得に、あきらめと同時に彼女の公正さを感じた。

 自分のことを一人ぼっちだといい、生きることさえ辛そうなサンドラを、夫のマニュ(ファブリツィオ・ロンジョーネ)は励まし続ける。子供たちも同僚の住所を調べたりと協力。気力を振り絞り戦うなかで、彼女に味方する者が現れ、ふっと希望がもたらされる場面が美しい。そして勇気を得たサンドラは、少しずつ変化していく。

 サンドラの説得によって主任の嘘を知り、意見を変える者。ボーナスを選んだことを後悔していた男は、良心に従うことができてほっとする。選択をめぐって夫と口論し、何でも相手に合わせる生き方を変えようと決心した女性。サンドラが勇気を出して訴えたことにより、周囲の者も、自分や状況を見つめ直すのだ。ささやかだけど確かな希望。それは誇りにつながっている。

 サンドラの頑張りは社長の気持ちを動かしたが、同時に彼は臨時雇いの更新切れを計算に入れている。もし、みんながまとまって声を上げれば、理不尽な投票自体を拒否できたのでは。そもそも、社長が自分で下したい決定を、社員の選択という形にするのが卑怯で狡猾だ。だが、そんな発想が封じられているのが現在なのだろう。
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2015年05月26日

ホーンズ 容疑者と告白の角

 木漏れ日を浴びながら愛をささやき合う若い男女。その映像が突然裏返ると、さっきの青年は暗い部屋にただ一人。最愛の恋人メリン(ジュノー・テンプル)を何者かに殺されたイグ(ダニエル・ラドクリフ)は、容疑者としてメディアや自分をののしる人々に囲まれているのだった。

 子供時代が何度もフラッシュバックして、現在と交差する。恋人との幸せだった時間と現在の孤独と苦境も。イグが暮らしているさびれた街の風景と、イグとメリンが過ごした美しい森の中のツリーハウスも対照的。どこを切り取っても、明暗が際立つ映画だった。
 そして、何より強烈なのは、犯人捜しをするイグの頭に、突然角が生えてくることだ。

 奇妙なことに、誰もが、頭から突き出た角にさして驚かず、その代わり心の奥に隠す自分の暗部をさらけ出す。駆け込んだ病院の受付嬢や母親や、看護士や医者が、自分の不倫やら性欲やら、子どもへの憎悪やらを、イグに語り出す。その誰もが、おぞましくも滑稽。イグの犯罪を疑っていた両親。父はメリンに興味をもちイグに嫉妬していたと明し、母は、息子への嫌悪を露わにする。驚き傷つきながらも、相手の告白を誘う角の力に気付いたイグは、それを使って真犯人に近づいていく。

 子供の頃、ボス役の子と、兄のテリー(ジョー・アンダーソン)と親友のリー(マックス・ミンゲラ)、紅一点のベロニカ(ヘザー・グラハム)とで、いつも遊んでいたイグ。そこによその町からメリンが越して来た。メリンが落とした十字架を、リーが繕ってくれ、それをイグが返してあげた。川に落ちたイグを助けてもくれたリー。
 彼らは大人になっても同じ町で暮らし、弁護士になったリーはイグの苦境を助け、威張り屋のボスは警官に、日和見で気弱なテリーはそのままの大人になっている。人間関係の変わらない十数年。美しいメリンは誰もの注目の的だった。小さな町の限られた人間関係のなか、メリンを殺した人物は、ごく近くにいたのだった。

 メリンに突然別れを告げられたレストラン。傷心のイグを置き去りにメリンがそこから立ち去ったあと、彼女を車で送ったのに、それを黙っていたテリー。そして、レストランのメイドの偽証。保身のための卑怯さや身勝手な欲望。嘘で固められた状況に、イグは渾身の怒りで暴力をふるう。ついに見つけた敵を前にした姿は、悪魔そのものだ。残忍な仕打ちに対し、同じように残忍な力を見せつける。ホラーのような復讐譚。

 イグにより力を与えたのは、メリンの愛が最後まで自分にあったと知ったこと。「死ぬまで愛する」とイグが言い、「私が死ぬまででいいわ」とメリンが答えた短い会話が切なかった。理不尽にも、未来を絶たれた不幸な恋人たち。だが、二人以外も、殺伐として誰も幸せな人間がいず、無残な死体が累々だ。 
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2015年05月06日

ギリシャに消えた嘘

 パルテノン神殿を歩く、金持ち風の優雅な男女。ツアーガイドで稼ぐアメリカ人青年のライダル・キーナー(オスカー・アイザック)は、昨年死んだ自分の父親によく似たチェスター・マクファーランド(ヴィゴ・モーテンセン)に目をとめる。彼の妻コレット(キルスティン・ダンスト)に頼まれて二人のガイドすることになったライダル。その夜、コレットの忘れ物をホテルに届けに行った彼は、チェスターが、ぐったりした男を運んでいるのを目撃する。チェスターは、彼に大損をさせられた投資家の依頼で訪れた探偵に脅され、誤って死なせてしまったのだった。

 ライダルは、女子学生からカフェ代をごまかし、夫婦を案内しながらも、わざと違う金額を伝えて差額を懐に入れる。彼がチェスターを助けようとしたのは、親切心以外、おそらく彼が金持ちだから。偽装パスポートを友人に頼んた時も、巧みに報酬をつり上げていく。
 だが、組織に追われつつ、胡散臭い男に頼らざるを得ない苦しい状況のチェスターが、実は本物の犯罪者、詐欺師であることが、次第に明らかになっていく。男が死んでいたことを知らなかったライダルは、彼の犯罪に完全に巻き込まれていたのだった。

 そんな中、チェスターと親ほど歳の差がある美しいコレットの存在が、ライダルとチェスターの関係を、さらに不安定にし、逃亡は困難と緊張を増していく。
 ライダルと妻の様子に嫉妬を覚えたチェスターは、次第に二人の仲に疑念を抱く。二人を探して言葉の通じない街をさまよい、泥酔し、カモにされ、悶着を起こすチェスター。夫から心が離れ、緊張から耐えられなくなったコレットは、やっと乗れたバスから一人降りてしまう。 

 宿を断られて野宿する波止場。夜明けまで来ないバス。風光明媚なアテネの街が、不便でなかなか抜け出せない場所になる。待たなければならない長い時間が、彼らを心理の渦に巻き込んでいき、その間に、チェスターの犯罪が報道され、捜査網が引かれていく。そして、コレットがバスから降りたせいで歩かなければならなくなった岩場の洞窟で、第二の殺人が起こってしまうのだ。

 登場人物はそれぞれ、自分の生い立ちや父親のことを語るが、それが本当のことなのか、互いに疑っているし、観客にも分からない。チェスターがコレットを愛しているのは確かだろうが、コレットがなぜ彼と結婚したのか、彼女の本名さえ分からない。つかみどころのないまま深まっていく葛藤と亀裂は、不安を掻き立てた。

 後半、飲んでくれていたチェスターは、手ごわい犯罪者の顔を取り戻し、ライダルは、ハメられた落とし前をつけようと、しつこいタカリを繰り返す。どこに行きつくのか先の見えない展開と、人間模様に引き込まれた。
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2015年05月04日

忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 2015

 2日、渋谷公会堂で「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー Love & Peace」を聴きに行った。

 自転車に乗って公会堂に向かってくる清志郎の映像に、もう胸がワクワク。
 最初にトータス松本が現れて、「今年も清志郎さんのすごさを、みんなで確認し合おう」と言って、「よーこそ」。それから、キーの高さに悩んで半音下げてもらったと前置きし、「ベイベー、逃げるんだ」と「ラプソディー」。歌詞の間に入れるガッタ、ガッタもそのままコピーし、全身全霊の歌だった。

 二人目はTOSHI-LOW。清志郎と共演したことはなかったけれど、いつも彼ならどうするだろうと考えている、といい、「地震が起きると戦争が起こる」という清志郎の詩を朗読して、「東の空が燃えてるぜ」と「ドカドカうるさいロックン・ロール・バンド」。

 三人目は曽我部恵一。清志郎に惹かれたのは中2の時で、「ハートのエース」が初めて買った日本人アーティストの作品だったそうだ。「九月になったのに」と「山のふもとで犬と暮らしてる」。ソロで歌うのをはじめて聞いたけど、すごくのびのいい、きれいな声で引き込まれた。

 次は浜崎貴司。「いいことばりはありゃしない」のあと、一時歌が歌えなくなった時に清志郎に「もっと明るい歌を歌っていいんだよ」と言われたといい、「明るいといえるかどうかわかんないけど、こんな時代だからこそ」と、「JUMP」を歌った。

 細野晴臣は、ひょうひょうとした感じでふら〜っと現れて、「しあわせハッピー」をにぎやかに歌ったかと思うと、またふら〜っと出て行った。ほんとにどの人も個性的。

 Charは清志郎と一緒に作ったアルバム「県立地球防衛軍」から「かくれんぼ」と「S.F.」。なぜかこの人が現れるとほっとする。特に親しい友人だったわけじゃなくても、正確な理解者な感じ。恩人でもあるし。

 奥田民生は「つきあいたい」と「スローバラード」。一曲目で疲れ切ったかに見えて、次の曲でもすごい声。もうこの2曲はこの人の十八番になったみたいだ。
 それからみんながコーラス隊で出てきて「トランジスタラジオ」。 

 チャボは「ベルおいで」と「エネルギー」。さみしい孤独な曲と、激しいロックの落差が大きい。それを照れるのが、彼らしい感じだった。
 彼が「やっと出てくれました〜!」の紹介で井上陽水が現れると、会場はすごい拍手。バックのミュージシャンがすべて消え、一人の弾き語りで「帰れない二人」と「楽しい夕べに」。

 ラストは、全員で「雨上がりの夜空に」。天井から金色のテープがたくさん降ってきて、みんなそれをつかんで振りながら拍手していた。

 最後、清志郎の過去の映像が映されたのだが、2004年2月の渋谷公会堂での「ベイビー何もかも」の前のMCがすごかった。「世の中物騒だ。この国もおかしくなってる。戦争に加担する軍事政権を作ろうとしてるんだ。普通に戦争する国にしようとしてるんだ」もう11年も前なのに、清志郎が言っているのは現在のことにしか思えない。なんて敏感な人だったろうと思う。

 翌日、上野に行くと、「敬神尊攘」とか書いた街宣車が何台も集結していて、巻き舌のようなものすごい声が怖かった。公園内にも怒声が響き渡っていて、静かなはずの空間が台無し。さすがの広さで奥に進むと離れられると思ったのに、反対の出口に近づくと、そこからもまた怒声が聞こえてくる。観光客も外国の人もいるのに、あの轟音を放置してるのはなんでだろう。

 その日は、雑誌の旅行記事に惹かれて、上野から三ノ輪まで歩いたのだが、まったく無謀だった。上野公園から寛永寺までは楽勝で、公園内を弁天堂に寄ったり、上野東照宮のぼたん園を見たりして余裕だったのに、寛永寺を出てから子規庵にたどり着くまでが大変で、歩いていた道路が突然陸橋になった辺りから訳が分からなくなり、ラブホテルの集まったややこしい迷路のなかで迷って、すごく苦労した。
 そこから一葉記念館も、ものすごく遠くて、いろんな人に助けられたけど、道を間違えて引き返したり、ウロウロ迷ったりで、随分余分なキョリを稼いでしまった。道を聞くたびに「どこから来たんですか」と聞かれ、「大阪」というと驚かれた。たどり着いた記念館では「入谷駅から歩いたの?」と言われ「上野から」というとすごく驚かれた。
 説明員の人の話を聞いていると、自分がいる場所が昔の吉原のすぐ近くで、ほんのすぐ近くに、遊女が逃げるのを防ぐためのおはぐろどぶがあったことに気付き、たけくらべの世界が現実の吉原と重なった。

 一葉は龍泉寺界隈にわずか11か月しか暮らさなかったが、地元の人々はそれを顕彰し、お金を集めて記念館を建てた。それを含めて、台東区には6つもの区立の個性的な文化施設がある。地元に密着した、文化と自治の香を感じた。大阪都構想で新しい5つの区ができたとしても、地縁も歴史も共有しない、お上からの押しつけの分割区に、東京のような文化が育つとは思えないなあと、改めて思った。

 だけど、とにかくよく歩いた日だった。東京駅で空きのロッカー探しで歩き回ったのを含め、最後に新幹線に乗れるまで、朝の9時から夕方4時まで歩いてたと思う。  
posted by HIROMI at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記