2015年06月29日

奇跡の人 マリーとマルグリット

 19世紀末のフランス。ポアティエ近郊にある、聴覚障害をもつ少女たちを教育するラルレイ学院に、14歳のマリー(アリアーナ・リヴォワール)が父親に連れられてやってくる。学院長は、聴覚だけでなく視覚にも障害をもつマリーのことを、自分たちの手に負えないと判断し、父子を帰してしまうが、シスターのマルグリット(イザベル・カレ)は、マリーの教育係を申し出て、彼女を学院に連れ戻した。

 父親の荷馬車の上で、風に手をかざすマリー。音も映像もない暗闇に閉じ込められている彼女は、手のひらで精一杯世界に触れている。
 シスターたちの制止をきかず、庭を駆け回ったあげく木に登ってしまったマリー。彼女を降ろそうとマルグリットがマリーに触れた時、マルグリットは、マリーが自分を待っていたことに気付き、彼女のなかに隠された知性や人を求める心に気付く。そして、彼女の魂が放つ強い輝きに、一瞬に惹かれたのだった。

 マリーの家から学院までの長い道のり。父を途中で帰したマルグリットは、一人でマリーを連れてくる。互いの手首をつないだり、彼女を背負ったり、リヤカーに乗せたり。マルグリットに絶えず触れていたマリーは、学院に着いた時、シスターたちの顔に次々と触れていく。マリーひとりに対する愛着や信頼が芽生えなければ、周りへのこんな反応もなかっただろう。

 生まれつきの三重苦で、それまでしつけを受けなかったマリーは、食器も使えず、着替えや髪を解くことも風呂もいやがる。そんな彼女に生活の様々を教えるのは、苦難の連続だ。彼女にそっと触れていたマルグリットは、突然つかみかかったり、押さえ込んだり。まるで激しい格闘技のよう。
 食堂で大騒ぎの二人のまわりで、うろたえたり驚いたりしながらも、シスターたちは変わらず祈りをささげ、マルグリットの格闘に辛抱強く付き合っている。シーンにぴったりに流れる、寛容を説く聖書の言葉や、困難にひるまず前進するための祈り。洞察と慰めに満ちた、長い聖書の句が非常に美しかった。

 4か月を過ぎてもマリーの抵抗は激しく、むしろ後退していることにマルグリットは焦る。慣れ親しんだ場所から無理やり連れてきて、彼女には訳の分からないことを強いる毎日。だが、マリーの状態を思えば、4か月が長すぎるとは思えない。そして、マリーはきっかけを得て徐々に生活を学んでいく。
 ヘレンケラーのサリバン先生は、両親の反対を押して一人で格闘した。マルグリットも一人だったけれど、周りにいるシスターたちの存在も大きかっただろうと思う。マリーは集団のなかでも育っていったのだ。

 マリーが気に入って絶えず触っている小さなナイフ。マルグリットは手話を繰り返してその名前を教える。何度やってもやっても理解につながらない、徒労に思える繰り返しの果てに、ふと光が差し込んだようにマリーは単語を理解する。その天啓のような瞬間。それからは怒涛のように言葉を覚え、世界が広がっていくさまはドラマチックで感動的だ。

 実は不治の病を抱えていたマルグリットは、死ぬまでにマリーにすべてを教えたいと願う。そして、人が死ぬものであること、自分がもうすぐ死ぬことをマリーに教える。病に倒れて冷たくなったシスターのなきがら。墓地に立つ十字架。死んだのちに行く天国。あらゆるところにいて見守る神様。

 マリーを思うマルグリットの独白が、聖書の詩句のように美しい。そして、マルグリットの墓標の前で、天国の彼女に手話で語りかけるマリーの言葉も。感応する二つの魂の気高さと強さ。感動に震える素晴らしいラストだった。
posted by HIROMI at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記