2015年07月31日

犬どろぼう完全計画

 ピザ屋だった父が失踪し、父の車の中で母と弟と暮らす小学生のジソ(イ・レ)。ある日、不動産屋で見た素敵な家を500万ウォンだと勘違いした彼女は、解決済みの「犬を見つけてくれたら500万ウォンを差し上げます」のポスターを見、犬を盗んで飼い主に返して500万ウォンをせしめようと思いつく。

 お金もないのに有名私学に通い続けるジソは、級友を招いて開くはずの誕生日パーティーが近づいてきて焦っている。服や靴を売ってしまった母(カン・ヘジョン)は、いつも同じサンダル履き。元カレのスヨン(イ・チョニ)を頼って、何とか高級レストランに就職すると、職場で子供に残り物やアイスを食べさせたり、子供の体を洗ったり。おっちょこちょいな母だけど、生きるためには必死。
 そこのオーナー(キム・ヘジャ)は、無名の画家の絵を途方もない金額で買う一方、人を遠ざけ、テリア犬のウォーリーを溺愛。ジソは、そのいぜいたく三昧の犬に目をつける。

 ジソの境遇を知っても離れない級友のチェラン(イ・ジウォン)。巻き巻き髪にリボンのお金持ちの娘だけど、親たちをクールに観察してる。一見アカンタレに見えるけど、実は頭のいい弟のジソク(ホン・ウンテク)。ジソは3人で力を合わせ、ウォーリー誘拐を実行する。その芸の細かいこと。執念深いこと。山あり谷ありで、思わず成功を祈ってしまう。
 一方、オーナーは遺言に全財産をウォーリーに指定。彼女の甥であり、本当は唯一の相続人のソヨンは遺言の内容に驚く。時にレストランの一帯は大規模開発が予定され、レストランを売りたいソヨンは、ウォーリーを亡き者にしたいと思う。こうして、ジソたちと大人たちとのバトルが展開。

 帰って来ない父を待ちわびるジソ。口論のあとに息子が出て行き、その後二度と息子に会えなかったオーナー。この映画は、家族を思いながらも再会がかなわない人たちの物語だ。ジソたちを助けてくれる不思議な放浪者デポー(チェ・ミンス)も、娘を思いながらも会いには行けない。そして、父の失踪の原因だとジソが思い込んでいる母も、本当は父を待っているのだ。

 ジソは、父がいなくなったのは母のせいだと思い、何度も母とぶつかってしまう。長引くみじめな車中生活。だが、親戚を頼るという現実的な選択を取らない理由は、実は母が父の「すぐ帰る」という言葉を信じているからだと知って泣く。マイペースでひょうひょうとしてるジソクが、いなくなった母を探して声を上げて泣く場面は、思わず涙が流れた。

 ウォーリーが戻ってきて、愛する者が自分のもとを去ることに対する、諦めの気持ちが変化するオーナー。その彼女の計らいで、ジソたちに思わぬプレゼントが届く。絆を深めたたくましい家族の姿に、幸せな気持ちが膨らんだ。
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2015年07月18日

ラブ&ピース

 ロックミュージシャンを目指すも挫折し、楽器の部品会社で働く鈴木良一(長谷川博己)。4畳半のアパートでテレビをつければ、東京五輪を論じているはずのコメンテーターたちが全員、良一のことをあざけり始める。通勤電車の中でも、乗客たちが全員、バカにした視線で取り囲む。あり得ない設定は彼の妄想なのでは?と思うも、会社で思いっきりバカにされる耐えがたさは現実。
 デパートの屋上で買った緑カメにピカドンと名付けた良一は、ロックスターになる夢を語り聞かせ、手作りの人生ゲームの上を、満員の日本スタジアムでライブするゴールまでを走らせる。

 愛情を一杯注ぎ、ピカドンをいつもポケットに入れていた良一だったが、会社ではやされ追い詰められて、何とピカドンをトイレに流してしまう。そして、罪悪感と寂しさに狂いそうになるのだった。

 だが、ピカドンは死なずに地下道をながれ、捨てられた人形やロボットやぬいぐるみや、ペットたちと暮らす老人(西田敏行)の元に流れ着く。おもちゃやペットが口をきくなんて、孤独な浮浪者の妄想なのでは?と思うも、人形たちを生き返らせる老人の力は現実。そして、老人の魔法と、良一の夢を背負ったピカドンのおかげで、良一はスター街道を走っていくことになる。

 自分は氷山で、今見えているのは本当の自分の一部にしかすぎない、と良一は言うが、プロデューサーの眼に留まったのは、たまたま看板の文字をつなげて作った歌詞だし、反骨の反戦歌手といっても、ピカドンが原爆のこととも知らず、カメを思って歌ってるだけ。彼に隠されたすごい才能など多分なく、みんな夢のようなラッキーなのだ。でも、見かけと雰囲気だけは、スターらしくカッコいい。

 大事なピカドンを捨ててしまった良一は、ピカドンが彼に歌を授けに帰って来てくれた時、大好きな寺島裕子(麻生久美子)が部屋に現れると、ピカドンのことを隠そうとする。本当は弱いままの、空っぽの彼。だが、ピカドンを頼りつつ恥じる彼の奥底には、変わらぬ愛情があり、それが何とも切なかった。
 そして、彼に捨てられたのに、愛情を注がれた思い出を大事に、ずっと良一の夢のために生きようとするピカドン。捨てられた人形たちもペットたちも、大切にしてくれる老人のそばにいながら、別れたかつての主人をずっと思っている。

 ラスト近く、巨大になったピカドンが、街を壊しながらスタジアムに迫る場面は、怪獣映画そのもの。そして、自分に語った良一の言葉を口にする。ピカドン自身として語らないのが、ショッキング。それほど良一の願望と一体化していたのだ。
 我に返った良一が、舞台を降りて裕子に近づいた瞬間、清志郎の「スローバラード」が流れ始める。この曲を聴くために観ようと思ったのだけど、聴く前からもう涙が流れていた。最後は振り出しに戻るのは、結局すべて妄想だったわけでなく、良一は再生してるはず。荒唐無稽な話なのに、強烈に抒情的。なんか意味わかんないけど、すごく切ないよ。
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2015年07月17日

ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男

 1985年、ジョージア州オーガスタ。事務所に帰って来たジェームズ・ブラウン(チャドウィック・ボーズマン)は、自分のと決めているトイレに他人が入っていたことに怒り、天井に銃をぶっ放して逃走した。
 映画は、彼の子供時代から青年時代、スターに上りつめた後までを、時代を行ったり来たりしながら描き、冒頭の場面は、映画のずっとあとに、逮捕されて投獄される場面に続く。どキモを抜く始まりだが、彼の生涯は、どの場面も強烈だった。

 森の中の掘っ立て小屋に住んでいた、極貧の少年時代。母が家を出、父はジェームズを親戚に預けるが、そこではわずかな報酬のために夜遅くまで客引きをさせられた。何とか命をつないで青年になった彼は、一着の背広を盗んだ罪で何年も服役することに。そこに慰問に訪れたゴスペルメンバーの一人ボビー・バード(ネルサン・エリス)と親しくなったジェームズは、彼の家に住まわせてもらうことになり、ボビーとともにライブに打ち込んでいく。生涯にわたって彼を支えるボビーの存在は本当に大きい。

 ライブの場面がすごく楽しかった。高速ですべるような足さばきは、マイケル・ジャクソンにそっくりで、マイケルが彼に大きく影響を受けていたのが分かる。舞台では誰もがジェームズと一緒に踊っていて、すごいノリ。曲の中では「イッツ・ア・マンズ・マンズ・マンズ・ワールド」が一番好きかも。
 清志郎が、自分のマントショーはジェームズ・ブラウンがやってたことだと言っていたけど、マントが清志郎のよりずっと地味だったこと以外は、くたびれた風でしゃがんでいる時の間奏も、去っていくフリの時の切なそうな目つきまでが、そっくりだった。

 インタビューで、今やどんな音楽にも自分の片鱗があると語る彼。実際、彼の音楽は最先端で、新しい時代を切り開き、後に続いた者たちに、多大な影響を与え続けたという。
 一方、強烈な自信は独裁になり、遅刻したり気に入らない者から罰金を取ったり、自分の気に入るリズムを追求するあまり、ギターやベースをドラムだと言わせたり。彼のスター人生は、初めから仲間の嫉妬や裏切りに満ちているが、それ以降も、まるで自分から自分のすぐそばに敵を作っているかのよう。横暴で破天荒で、問題の多い人物だったのかもしれない。

 それでも、どんな苦境にも負けず、貪欲にチャンスをモノにし、自分のスタイルを貫いていくさまは魅力にあふれている。彼の全盛期は、黒人運動と重なっていて、キング牧師が暗殺され騒然となるなか、周囲の反対を押してライブを敢行し、黒人たちに自制を求めて黒人としての誇りを訴える場面は、知的で落ち着いた本物のカリスマだ。黒人として発言すれば、白人から過激派と見られ、改善を訴えて大統領に会えば、黒人からは権力に近づいていると見られる、などジレンマも抱えていた。

 欠点が多く、たくさんの人に去られても、それ以上の多くの人々を引きつけてやまなかった人物。時々スクリーンの観客に向けて、「絶対に屈しない」とか「前進あるのみ」と気持ちを語ったり、「俺は音楽もビジネスもやるんだ」と説明したり。嫉妬で妻を殴ってしまったあとに、恥じらうような視線を向けたり。そんな演出も自然だったし、こちらを見つめる彼がチャーミングだった。 
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2015年07月05日

涙するまで、生きる

 1954年のアルジェリア。地元の子供たちを教えるフランス人教師ダリュ(ヴィゴ・モーテンセン)のもとに、いとこ殺しで捕まったアラブ人モハメド(レダ・カテブ)を、憲兵が連行して来て、裁判所のあるタンギーまで彼を送り届けるよう命令。拒むダリュにモハメドを残して去ってしまった。
 復讐にやって来たアラブ人に応戦したあと、モハメドを追い出したダリュだったが、彼らに殺されることを恐れてタンギー行きを願うモハメドに、ついに同行することに。

 それからの道のりは困難を極める。身を隠すことのできない一本道で、追手が迫ったために山を越えることになり、岩肌を登り、崖から足をすべらせ、砂嵐に遭い、大雨に打たれる。助け合ううちに、ダリュとモハメドに、友情のような連帯感が生まれていく。ダリュは初めからモハメドを客のように扱っていたし、二人ともがフランス語とアラブ語を話すことが、心の交流を助けたと思う。

 モハメドが処刑を望むのは、血の代償を要求する掟のため。自分が同胞に殺されれば、幼い弟が仇を取らねばならず、フランス人に処刑されれば、殺しの連鎖を止められるというのだ。フランス支配のなか、抑圧を受けるアラブ人が、不穏な掟によって互いを傷つけ合う理不尽。
 一方、ダリュの両親は実はスペイン人で、フランス人からはフランス人ではないと見られ、アラブ人にはフランス人だと思われる、帰属の不安な立場。彼がモハメドに親近感をもつのは、そんな疎外感からだろう。アラブの子供たちを教える彼には、多分、皆が平等に暮らせる社会が理想なのだ。だが、フランスの支配を憎むアラブ人から見れば、フランス人は、全員いなくなってほしい者たちなのだ。

 悪天候から逃れ、目的地に近づいたと思ったところで、二人はアラブ人ゲリラに捕まって捕虜になる。その中に見つけた大戦時の戦友。フランス支配の横暴に怒り、ゲリラ側につく者もいたのだ。だが、殺されずにすんだところを、突然フランス軍に攻撃される。耳をつんざく激しい銃撃。追い詰められ、投降する者も撃ち殺す非情さ。徹底的な弾圧は、「アルジェの戦い」を思い出した。

 ダリュはモハメドに、何度も逃げるようにいう。支配と弾圧と死体の山。血の掟。そんななかでも、生きることを尊いと思い、意味を見出そうとするダリュ。かたくなに拒んでいたモハメドは、選択に迷い始める。希望の見えるラストに心が癒されたが、1954年は独立戦争が始まったころで、これから弾圧と殺戮が強まっていく。二人はどうなったろうか。
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