2015年11月20日

尚衣院-サンイウォン-

 王室の衣服を作り管理する尚衣院。幼い頃からそこに勤めるチョ・ドルソク(ハン・ソッキュ)は、厳しい修行に耐えて頭角を現し、三代の王に仕えてきた。今や尚衣院長として新王にも気に入られ、貴族に加えられる日も近かった。宮殿に暮らす者にとって、衣服は規律と伝統を表し、地位の象徴であり、ドルソクは決まりに沿って厳格に仕事をこなしていた。

 一方、キーセンの宿にいりびたる若い服職人のイ・ゴンジン(コ・ス)は、華やかさや着心地を追求しながら、自由な発想で女たちの服を作っていた。たまたま官吏に服の直しを頼まれたゴンジンは、長い袖や裾を切って、活動的で見栄えよく改良してみせる。

 ある時、王妃つきの女官の失敗で、儀式に使う王の服が傷つけられ、翌日までに作り直さなければならなくなった。ドルソクは王の命令なしの作業を口実に断るが、ゴンジンはできると即答し、着心地よく作り上げて王の満足を得るのだった。 

 自分の思うままに好きな服を作っていたゴンジンには、もとよりドルソクに対抗する気持ちも、出世欲もなかった。彼が王妃の服作りに執着したのは、王妃の美しさに惹かれ、彼女の孤独に心を痛めたから。自分の才能のありったけで王妃を支えたいという、彼女への恋心がすべてだった。

 ゴンジンはドルソクを尊敬し、二人の間には、同じ仕事で苦労してきた者としての同志のような感情や、親子や子弟のような情さえ通う。だが、斬新なデザインを次々と生み出すゴンジンの才能や、彼の服への人々の人気、さらには王がゴンジンに目をかけ始めたことが、ドルソクの嫉妬や怒りを掻き立てていく。そして、自分が守ってきた仕事への誇りと自負ゆえに、思わぬ一線を越えてしまうのだ。

 二人をめぐる宮廷の人間もようも複雑。先王である兄の死去によって王となった今も、兄に抑圧された記憶に苦しむ新王(ユ・ヨンソク)。元々王妃(パク・シネ)に惹かれていたのに、彼女が兄の花嫁候補の一人で、兄から譲られた女だという理由で、王妃を遠ざける。
 世継ぎができないことをいいことに、自分の娘を王に近づける重臣。王は王妃の廃位をめぐって臣下と対立する。王の気を引き、王妃にとって代わろうとする娘。

 権力と愛情をめぐっての女同士の戦い。儀式の場では、彼女たちの衣装が大きなパワーを発揮して、王の気持ちを引きつけたり、地位や威厳を思い知らせて、周囲を圧倒したりする。王妃にとっては、自信を取り戻し、王との関係に希望を灯すシーンとなったはずだった。
 なめらかな絹地のボリュームや、それにぎっしりと飾られた豪華な刺繍。目の覚めるような鮮やかな色彩。絢爛豪華な衣装にため息が出た。 
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2015年11月15日

顔のないヒトラーたち

 1958年のドイツ、フランクフルト。地方検察の若い検事ヨハン・ランドマンは、ジャーナリストのトーマス・グニルカから、元親衛隊だったシュルツが今も教師として働いていることを知らされた。同僚の検事たちは皆無関心。検察官の定例会議で報告すると、文部省に確認すると約束され、その後シュツルが免職になったと知らされるものの、実際にはシュツツは何事もなく学校に居続けていた。検事総長のバウワーに呼び出されたランドマンは、殺人の確固たる証拠なしには、戦争犯罪者を裁くことはできないと教えられる。

 ナチの犯罪と誠実に向き合ってきたドイツ。この国の戦争犯罪訴追が、戦後すぐではなかったことや、1958年当時には、国民の多くがアウシュビッツを知らなかったことは、衝撃だった。戦後のドイツは、アウデナー大統領のもと、経済復興にやっきで、重い過去にはふたをして、忘れ去ろうとしていたのだ。当時の政府機関には元ナチ党員が大勢いたままだった。

 ヨハンが目にした証拠の発端は、アウシュビッツからの生還者シモンが収容所から持ち帰った、実名入りの親衛隊員の名簿。バウワーから調査の指揮を任されたヨハンは、ナチの残した膨大な兵士の記録を辿る一方、イスラエルの団体の協力を得て、ようやく最初の被害の証言者に辿りつく。
 だが、アウシュビッツのことを何も知らなかったヨハンは、非人間的な状況下での大量殺人のために、殺された者の名前や、目撃した日時などの質問が意味をなさないことに、初めは気付かず、証言者に無知を驚かれる。そして、悲惨な体験にただ耳を傾けることにより、アウシュビッツでのおぞましい犯罪の数々を知ることになるのだった。

 点呼の時に顔を見たというだけで、相手の眼をつぶした者。相手が死ぬまでブーツで殴り続けた者。リンゴをもっていた少年の足をつかんで、壁に頭から打ちつけた者。それをやった男は、その後りんごを平然と食べた。帽子を取って投げ、それを取りに行った背中を撃った者。それはよく行われたことで、「逃亡による銃撃」として処理されたという。それらは、兵士として上官の命令に従った、という弁解が通じない、恣意的なものだ。そんな理不尽で卑劣で凶暴な暴力が、収容所での日常だった。

 もちろん、収容所内で権力をもっていた者たちによる犯罪もある。アウシュビッツでは、医師による生体実験が繰り返し行われており、双子の娘を医師メンゲルに惨殺されたシモンの証言は、悪魔の所業としか思えない、身の毛もよだつ恐ろしいものだ。

 米軍のドキュメンタリーセンターには、60万人ものファイルがあり、そのうちアウシュビッツで働いていた8000人全員が容疑者と考えられた。ヨハンは、山のような文書と格闘し、ドイツ中の電話帳をたどって、元親衛隊員らの住所を突き止めていく一方、アウシュビッツの悪の象徴であるメンゲルの行方を追って行く。
 警察や他の関係機関が、及び腰ですばやい行動を取らず、上司や同僚の反発もあるなか、ヨハンは、検事総長の導きや、グルニカの協力により、果敢に粘り強く真実に迫っていく。イスラエルの諜報機関モサドもからみ、サスペンスのような緊迫感だった。

 そして、ついに1963年、ホロコーストに関わった者をドイツ人自身で裁く、フランクフルト・アウシュビッツ裁判が始まり、アウシュビッツで何が行われていたのかが、広く知られることとなった。

 ヨハンたちの努力に感銘を受けるとともに、ドイツと日本の大きな違いを、改めて考えさせられた。日本が海外で行った犯罪は、多くが闇の中で、731部隊は何も罪を問われていない。日本人自身に向けられた犯罪も、小林多喜二を拷問死させた特高たちは、それが誰だったかさえ知られていない。暗澹とした気持ちが残る。 
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2015年11月11日

マルガリータに乾杯!

 デリーの街を走るバン。冗談を言い合う家族の中で、身をよじるように笑う若いライラの輝くような笑顔が素敵。車が止まると、中から車いすが降ろされる。ライラは身体障害者なのだ。
 彼女はデリー大学に通う学生だが、校内の階段を上がるためには車いすごとの介助が必要だし、会話も、息切れしながら短いフレーズしか話せない。静かにしなければいけない図書館でも、声の抑制が難しい。でも、ライラはそんな不自由はものともせずに、ラインやスカイプでチャットをしたり、明晰な頭脳で路上のチェスでも無敵だ。幸せいっぱいのキラキラオーラに引きつけられた。そして、年頃の彼女は恋に憧れていた。

 同じく障害をもつ青年ドゥルヴとは友人だけど、彼は彼女が好き。パソコンでエッチな場面に刺激を受けたライラは、自分からドゥルヴに触れてキスをする。ところが、大学のバンドのイケメンボーカルのニムを見ると、たちまち彼に恋をして、自作の歌詞をほめられると、自分への好意と勘違いしてしまう。頭がいいのに早合点のライラ。コンテストで優勝するも、障害者の作品だったから、と評され傷ついたライラは、同時に失恋も味わって、大学が嫌になってしまう。

 インドは男性優位の社会かと思っていたが、ライラの母親は夫に代わって車を運転するし、夫の反対を押し切って、娘の新天地を開くために、ニューヨークへの留学を強力に援護。夫をおいて二人でアメリカにやって来る。

 そこでライラは、パキスタンとバングラディッシュの両親をもつ美しいハヌムと出会うが、騒然としたデモで叫んでいた彼女が、白い杖をもっていた場面は驚いた。ハヌムも、盲目なのに化粧もオシャレも自在な自由な人。彼女もライラに負けず、独特の存在感で魅力的。
 ハヌムは実はレズビアンで、ある時ライラはふと彼女の誘惑に応える。予想外の展開にびっくりだ。ライラはハヌムに惹かれていたと思うけど、強い好奇心と飛び切りの楽天性が、彼女を前に進めているのかもしれない。ともあれ、二人は本当の恋人に。

 一方、面食いのライラは、授業の記述の介助をハンサムなジャレードに申し込まれると、本当は全然必要ないのに、断らずに助けてもらう。彼が恋人でない女の子とディープキスするのを見てけげんに思うが、気楽に性を楽しむジャレードの姿も、彼女には新しい世界だったろう。そして、トイレ介助の時、二人は自然に体を合わせてしまう。ほんとの恋じゃなくても、これもアリ。ライラにはすべてがチャレンジのよう。

 恋人と暮らすための母親からの自立。浮気を告白したために、恋人とのいさかいと別れ。自分のセクシュアリティを告白して、母親と対立。自分らしくあろうと悩むライラの姿は、正直で力強くて、ハラハラさせられるけど、どこまでもさわやか。自分を信じて愛してるラストに、感動がこみ上げた。
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2015年11月03日

第31回 ワンコリアフェスティバル

 1日、大阪城野外音楽堂で、「第31回 ワンコリアフェスティバル」を聴きに行った。南北に分断された二つの国の統一と、差別のない平等な社会を願って、多彩な出演者が集っていた。

 トップバッターのよしだよしこは、柔らかい静かな声。繊細な詞の反戦歌のあと、アメリカ公民権運動のきっかけとなったローザ・パークスについて語るように歌い、こんなプロテストソングがあるんだ、と思った。

 同じく衝撃的だったのは、中川五郎。関東大震災の翌日に烏山神社の近くで起こった、鉄道修復のため、土工を積んで都心に向かっていたトラックを、村の自警団が襲った朝鮮人殺傷事件のことを歌にしていた。烏山神社にかつて12本植えられ、そのうち4本が今も残るクスノキは、殺された朝鮮人を弔うためではなく、連行された加害者たちが、無事に警察署から戻ってきたことを祝って植えられたものだという。

 ジンタらムータは、クラリネットや太鼓で賑やかなチンドンキャラバン。「不屈の魂」とビクトル・ハラの「平和に生きる権利」。反原発デモを追ったドキュメンタリー「首相官邸の前で」のエンディングを担当したそうで、それも演奏してくれた。

 朝鮮の民族楽器や舞踏ももちろんあって、朴根鐘(パク・クンジョン)と仲間たちが、カヤグンのほか、弓で弾くアジェンや短い棒のようなもので弾くコムンゴとかの変わった琴を演奏。
 ヨン・ミンチによるチャンゴは、超絶技巧のジャズのような演奏だった。
 大阪朝鮮歌舞団の太鼓の舞は、一指乱れず華やかで美しかった。

 それに、アイヌ文化継承者のToyToyが、大きな剣のような形の弦楽器トンコリを演奏。三線や朝鮮民族楽器との即興も面白かった。

 いろんなルーツの人がいるなあ、と思ったのは、寿という沖縄音楽のボーカルのナビィが、長い音の続く覚えにくい沖縄言葉を教えてくれているのに、実は広島出身だったこと。彼女が、知っている限りの韓国語を使っているのが面白かった。

 ソウルクライ&ギヒョンという韓国の二人組は、韓国ドラマ「プロデューサー」の歌を歌っている人気者だそうで、すごくきれいなデュエット。今をときめく歌声はほんとに華がある。

 趙さんは、司会もこなしながら、おなじみの「アホダラ経」と「ひでり」。長引いたリハーサルでも舞台にいたので、開演前から目立っていた。

 たくさんの魅力的な人たちを見つけた日だったけど、一番強烈だったのは、ラストに出てきた朴保(パク・ポウ)。初めは普通な感じに思えたけど、歌が進むにつれ、ダミ声なのによく通る声が輝き出す。観客が舞台の下で踊り出して、アンコールの嵐。終わりがないように思えるほどだった。

 1部と2部があって、12時半に始まったのに、終わったのは5時を過ぎてた。でも全然長くなく、楽しくて贅沢な時間だった。
posted by HIROMI at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記