妻と離婚したばかりのアントワーヌ。娘たちと定期的に会っているが、思春期の長女マルゴは彼に距離を感じている。建築関係の仕事をしているが、現場での指示を誤ったり、周囲の信頼を損ねるミスを繰り返す。穏やかで、思慮深そうで、充分魅力的な男が、なぜ円熟期の人生で失敗ばかりしているのか。それは、幼い頃に起こった母の死が、心に刺さっているから。彼は数年来カウンセリングに通っているが、父と話せないことに悩んでいる。母の事故について知りたいと願ってきたが、父にも祖母にも拒まれる。家族の中では、それは聞いてはいけないこと、避けるべきことなのだった。
妹のアガットは、兄が感じる疑惑をただの妄想だといい、過去にこだわる兄の姿勢を批判する。死んだ母を名前でしか呼ばない彼女。アガットにとっては、自分を育ててくれた父の再婚相手こそが母なのだ。
母の30回めの命日、母が死んだノアールムーティエ島を訪れた兄妹は、祖母の家で家政婦だったベルナデットと再会し、遺体の発見場所が10キロも離れた対岸だったと聞かされる。疑念を深めるアントワーヌにアガットが怒り、帰路の車内でのけんかのせいで、自動車事故が起こってしまう。まるで、封印された過去に突然襲われたかのようだ。だが、このことが、アントワーヌを謎に大きく近づける。
入院したアントワーヌは、母がかつて置かれた安置所に入って、死体修復師のアンジェルと出会う。彼女も子供の頃に父を失くしていて、今の職業に就いたのは、父の無残な死がきっかけ。アントワーヌは、アンジェルに自分の思いを語ることによって、前に進む力を得るのだった。
ベルナデットから渡された、母の遺品の高級時計。それに刻まれたジャン・ウィズマンという名前。父に尋ねても、中古を買った時からだと言い張るだけ。名前の人物を探し出し、母との写真を見せても、父も祖母も無視。アントワーヌが真相に近づけば近づくほど、家族とのいさかいが大きくなり、溝が広がって、彼はひとり孤立していく。
子供の頃の記憶が、アントワーヌのなかで度々フラッシュバックする。自分が島にいたのは、母が死んだ日と近かったのではないか。確かそこで、母の遺体を見たのではないのか。そして、母のことにかかわらないようにしていたアガットにも、同じことが起こる。マルゴに同性に恋する気持ちを相談をされた彼女は、突然、幼い頃に目撃した、母と恋人とのキスシーンを思い出すのだ。
子供の頃の記憶には、本質的なものが宿っている。それは孤独に通じ衝撃的な分、強い無意識で隠される。アガットは、父や新しい母との生活のために、母の思い出を忘れたのだ。一方、アントワーヌは、記憶がいくら鮮明でも、当時の大人の助けなしには、その意味を知ることはできない。
すべてを解き明かしたのは、ベルナデットの証言だった。30年にわたる、祖母と父がついていた嘘。それは、二人を信頼していたアガットにとっても、破滅的なものだ。隠された過去は、その後の人生を踏みにじる。贖いを求めるかのように一瞬に感情を爆発させるアガット。だが、その後、彼女には兄との和解があり、ずっと少年のままの心を抱えて、人生をさまよっていたアントワーヌは、やっと大人になれるのだろう。
本土と島をつなぐ、長い道で起こる事故の場面が恐ろしい。その道が満潮で沈み、また現れるのが、過去の象徴のようだった。