生まれてすぐ養女に出された30歳のエリザ(セリーヌ・サレット)。実母を探すため、専門機関に調査を依頼するも、「匿名出産」の壁に阻まれて、たどり着くことができない。調査では、母は娘に会うことを拒み、自分には子供はいないと言っているという。父のことは何も話さなかったことから、エリザは、レイプが原因だからでは、と疑う。息子ノエとともに出生地のダンケルクに引っ越し、自ら調べ始めるが、生まれた産院はすでに移転。自分を取り上げてくれた助産婦の消息も分からなかった。
その間も日常は流れていく。エリザは理学療法士として働いているが、ノエは新しい学校に行きたがらない。アラブ系の風貌のため、給食時に、豚肉は食べていいのかと聞かれるし、クラスにもなじめずいじめられる。だが、エリザは自分のことで精一杯。
そんなノエを、学校で給食と清掃の仕事をしているアネット(アンヌ・ブロワ)が気遣う。市場で最初に二人が視線を交わす場面は、二人の間に、彼らの知らない決定的な関係が存在することを明かしている。アネットは、ノエの瞳に惹かれるが、なぜそう感じるのかは無自覚だ。そして、ケガをした彼女が、学校の保護者に教えられてエリザのもとを訪れ、二人は出会うのだった。
太って分厚いアネットの背中。それをさすり、向きを変え、力を加えるエリザ。身体そのものの迫力は、過去の空白を埋めるかのような、強烈な母子の触れ合いに見えた。だが、エリザは空白を抱えたまま。子供はいるのかというエリザの質問に、アネットはいないと答えるが、治療の繰り返しから、アネットの方が、エリザにより親近感を覚えていくのだった。
人種が違うように見えるノエを養子かと聞いたアネットは、養子は自分の方だと言われて動揺する。そして、娘の方から自分を見つけてくれるよう、申請書を書くのだった。だが、彼女を実母だと知ったとたん、エリザは否定と怒りの気持ちで激しく混乱する。
エリザの養母は、しょっちゅう電話をしてきて心配している。アネットにも同居の母親(フランソワーズ・ルブラン)がいて、彼女は、市場で移民の子供を見ると、バックを隠せとアネットに言う。アネットが娘を見つけたいと言い出すと、父親がアラブ人だから知らない方がいい、と言う。母親の中には、根強い有色人種への差別感情があるようだ。
エリザがアネットの兄の店に来た時、彼も、アネットの恋人だったアラブ人への悪態をつく。アネットがエリザを養女に出したのは、アラブ人の子供だったからだろう。だが、彼女は中絶は選ばず産んだのだ。そして、今まで母と兄の言いなりだったアネットは、娘を前に、やっと自分の本当の気持ちを口に出す。
自分を確認するため、エリザにはどうしても母を探すことが必要だった。それまで彼女は充分には親になれず、母を求める娘のままだった。緊張したままもがいていたエリザの表情に、笑顔が戻る。彼女はやっとノエに向き合えることだろう。一方、娘を手放してからのアネットは、老いてもなお、母に従う娘のままだったのだろう。彼女も、家族の抑圧から解かれて本当の感情を見つけるには、娘と会う必要があったのだ。
母を見つけたエリザは、ノエとつながる父も発見した。最後に男の声で朗読される「あなたが狂おしいほど愛されることを望む」は、父にそう思っていて欲しいという、彼女の深い望みのようだった。
2016年09月20日
2016年09月19日
太陽のめざめ
2か月も子供を学校に通わせていない母親(サラ・フォレスティエ)を、裁判所に呼び出したフローランス判事(カトーリヌ・ドヌーヴ)。だが、とがめられた母親は逆キレし、育児放棄を6歳のマロニーの素行の悪さのせいにして、口汚く彼をののしったあげく、赤ん坊だけを抱いて飛び出して行く。残されたマロニーは、養護施設に一時保護されるのだった。
10年後、再びフローランス判事の前に現れたマロニー(ロッド・パラド)は、問題行動の多い、反抗的な少年になっていた。フローランスは、彼に教育係をつける「児童教育支援」を受けさせるが、マロニーはすぐに傷害と車の窃盗を犯す。反省もなく投げやりなマロニーに、フローランスは、検事が主張する少年院ではなく、更生施設に送る措置を取るのだった。
気性が激しく、いつもイライラし、すぐに激昂するマロニー。だが、最初に母親に捨てられたシーンの、繊細そうで悲しそうな印象は、その後もずっと変わらない。彼が突然暴力をふるうのは、いつも拒絶された時だ。初めの教育係が、手に負えない、と辞めた時。施設で勉学を積み、少しは落ち着いたのに、復学に懐疑的な冷たい役人の前で。母親に拒まれた深い傷が、無意識のフラッシュバックの中で、何度も爆発してしまう。抑えられない怒りの衝動と、飢餓感を抱えた危ういマロニー。愛されなかった彼は、自分を大切にすることも、他人を大事にすることも学ばず、自分の可能性も認めず、自分をただ無能だと思っている。
本当は分かって欲しいのに、愛され方が分からないマロニーと、彼を忍耐強く導こうとする周囲の攻防は、長く激しい消耗戦だが、とても切なかった。
施設での学習時、いやがりながらも何度も書き直す彼の前には、丸めた紙だらけ。それだけの時間、頑張っているということだ。途中でキレて出て行くも、待たれていると知っているので、ソロソロと戻ってくる。
フローランスは、かつて自分が更生させたヤン(ブノワ・マジメル)を教育係につけるが、マロニーの姿にかつての自分を見るヤンは、体当たりで指導する。仕事をさぼった朝に引きずり出されて暴力を受けたマロニーは、フローランスに告訴したいと訴えるが、いざとなると色々理由をつけて取りやめる。彼はヤンの本気を感じているのだ。
そして、マロニーは、表面は反抗しながらも、自分を案じてくれるフローランスを慕っている。誕生日に施設を訪れた彼女が忘れたスカーフを、子供のように顔に当てる。
母親が他人に向かって自分のことを口汚く言う時、マロニーは傷つきながらも辛抱している。彼が母親に向かってキレるシーンはほとんどなく、彼は母の愛を空しく求めて続けているのだ。若すぎてだらしない母親だが、彼女もまた、まともに愛されなかった過去がうかがえる。
彼を大きく変えるのは、恋人ができたこと。指導員の娘で、少年のような不思議なオーラを放つテス(ディアーヌ・ルーセル)。二人が初めて過ごした、不器用な夜のシーンの切なさ。マロニーはテスの妊娠を受け入れられないが、中絶手術の直前に彼女を連れ戻す。彼は、見捨てられる胎児に自分を重ねたのだと思う。テスは、普通なら敬遠するような相手に近づくが、彼女はマロニーの本質的なものを見抜いて、心から彼を愛しているのだ。
視線やちょっとしたことが多くを語っていて、離婚したことを話すヤンに、マロニーが慰めるように「あんたを愛してる」というシーンも、施設でおかしいなペンの握り方をしていたマロニーが、裁判所ではきちんとした持ち方でサインをするシーンも、うれしかった。熾烈だが、希望にも強烈に満ちた、美しい作品だった。
10年後、再びフローランス判事の前に現れたマロニー(ロッド・パラド)は、問題行動の多い、反抗的な少年になっていた。フローランスは、彼に教育係をつける「児童教育支援」を受けさせるが、マロニーはすぐに傷害と車の窃盗を犯す。反省もなく投げやりなマロニーに、フローランスは、検事が主張する少年院ではなく、更生施設に送る措置を取るのだった。
気性が激しく、いつもイライラし、すぐに激昂するマロニー。だが、最初に母親に捨てられたシーンの、繊細そうで悲しそうな印象は、その後もずっと変わらない。彼が突然暴力をふるうのは、いつも拒絶された時だ。初めの教育係が、手に負えない、と辞めた時。施設で勉学を積み、少しは落ち着いたのに、復学に懐疑的な冷たい役人の前で。母親に拒まれた深い傷が、無意識のフラッシュバックの中で、何度も爆発してしまう。抑えられない怒りの衝動と、飢餓感を抱えた危ういマロニー。愛されなかった彼は、自分を大切にすることも、他人を大事にすることも学ばず、自分の可能性も認めず、自分をただ無能だと思っている。
本当は分かって欲しいのに、愛され方が分からないマロニーと、彼を忍耐強く導こうとする周囲の攻防は、長く激しい消耗戦だが、とても切なかった。
施設での学習時、いやがりながらも何度も書き直す彼の前には、丸めた紙だらけ。それだけの時間、頑張っているということだ。途中でキレて出て行くも、待たれていると知っているので、ソロソロと戻ってくる。
フローランスは、かつて自分が更生させたヤン(ブノワ・マジメル)を教育係につけるが、マロニーの姿にかつての自分を見るヤンは、体当たりで指導する。仕事をさぼった朝に引きずり出されて暴力を受けたマロニーは、フローランスに告訴したいと訴えるが、いざとなると色々理由をつけて取りやめる。彼はヤンの本気を感じているのだ。
そして、マロニーは、表面は反抗しながらも、自分を案じてくれるフローランスを慕っている。誕生日に施設を訪れた彼女が忘れたスカーフを、子供のように顔に当てる。
母親が他人に向かって自分のことを口汚く言う時、マロニーは傷つきながらも辛抱している。彼が母親に向かってキレるシーンはほとんどなく、彼は母の愛を空しく求めて続けているのだ。若すぎてだらしない母親だが、彼女もまた、まともに愛されなかった過去がうかがえる。
彼を大きく変えるのは、恋人ができたこと。指導員の娘で、少年のような不思議なオーラを放つテス(ディアーヌ・ルーセル)。二人が初めて過ごした、不器用な夜のシーンの切なさ。マロニーはテスの妊娠を受け入れられないが、中絶手術の直前に彼女を連れ戻す。彼は、見捨てられる胎児に自分を重ねたのだと思う。テスは、普通なら敬遠するような相手に近づくが、彼女はマロニーの本質的なものを見抜いて、心から彼を愛しているのだ。
視線やちょっとしたことが多くを語っていて、離婚したことを話すヤンに、マロニーが慰めるように「あんたを愛してる」というシーンも、施設でおかしいなペンの握り方をしていたマロニーが、裁判所ではきちんとした持ち方でサインをするシーンも、うれしかった。熾烈だが、希望にも強烈に満ちた、美しい作品だった。
2016年09月03日
ストリートオーケストラ
極度の緊張から、サンパウロ交響楽団の最終審査に落ちてしまったヴァイオリニストのラエルチ。彼のイライラから四重奏団の仲間もバラバラに。家賃の支払いにも困った彼は、仕方なく、NGOが支援するスラムの子供たちの音楽教師に応募する。
周囲に貧しい家がひしめく、フェンスに囲まれただけの青空教室。子供たちは演奏以前のレベルで、楽器の正しい持ち方も座り方も知らず、集中するどころか、勝手に立ち歩いたりケンカを始めたり。
子供たちの態度にキレてしまうラエルチだったが、厳しい父のもと幼い頃から神童と言われ、今も父の期待を背負っている彼にとって、スラムはいるべき場所ではなかった。
ところが、授業中にお菓子を売りつけた男に「警察を呼ぶ」と言ったことから、ラエルチはギャングに目をつけられるが、銃で脅されながらも見事な演奏をしたことから、風向きが変わっていく。多分子供たちは、ラエルチが地区や自分たちから逃げ出さなかったことに信頼したのだろう。
だが、練習日を増やすことになると、アル中の父親の世話や、小さい兄弟の世話など、彼らの置かれた境遇の厳しさが浮かび上がるのだった。
少年院帰りのVRは、カード詐欺のグループに加わっていて、ギャングのクレイトンに借金があるという。彼の周りには、いわくのありそうな男がたえず現れる。
一人抜きん出た才能を見せるサムエル。大人しい彼だが、家では病気がちの母と強権的な父がいる。そして、経済的な理由で授業を諦めなければならない、と言い出すのだった。
子供たちは、集中して次第に腕を上げていく。問題を抱える家庭に育つ彼らにとって、教室は安心できて、自分の価値を確認できる大切な居場所なのだ。合奏自体、まず自分が練習して上達したうえで、仲間と心を合わせないとできないこと。しかも曲は、バッハやシュトラウススなどの高度なクラシック。
家を出て転々としても、サムエルは片時も楽器を離さない。彼がバラックの入り口で弾くヴァイオリンの美しさ。それにVRが民族楽器で合わせる軽妙なハーモニー。逆境を振りほどいていけそうな、可能性がきらめいていた。
だが、その陰で二つのことが進行する。クレイトンが借金の件でVRたちを脅し始め、クラブのトイレであわや殺人が起こりかける。一方、子供たちのために奔走していたラエルチに、再びオーディションの知らせが届き、彼は自分の夢に再び向き合う。そして、ラエルチがサムエルに、近い別れを知らせて悲しませた直後、悲劇が起こるのだ。
警察にサムエルが射殺される場面も、それに抗議してスラムが火に包まれる暴動シーンも、あまりにもリアルで、やりどころのない怒りと悲しみがはりついていた。個人の希望や未来が、暴力や恐怖にかき消される。
だが、生徒たちは、結束して演奏会を成功させた。今後バッハを弾くたび、彼らはサムエルを思い出すだろう。彼らがずっと活動を続けていて欲しい。
周囲に貧しい家がひしめく、フェンスに囲まれただけの青空教室。子供たちは演奏以前のレベルで、楽器の正しい持ち方も座り方も知らず、集中するどころか、勝手に立ち歩いたりケンカを始めたり。
子供たちの態度にキレてしまうラエルチだったが、厳しい父のもと幼い頃から神童と言われ、今も父の期待を背負っている彼にとって、スラムはいるべき場所ではなかった。
ところが、授業中にお菓子を売りつけた男に「警察を呼ぶ」と言ったことから、ラエルチはギャングに目をつけられるが、銃で脅されながらも見事な演奏をしたことから、風向きが変わっていく。多分子供たちは、ラエルチが地区や自分たちから逃げ出さなかったことに信頼したのだろう。
だが、練習日を増やすことになると、アル中の父親の世話や、小さい兄弟の世話など、彼らの置かれた境遇の厳しさが浮かび上がるのだった。
少年院帰りのVRは、カード詐欺のグループに加わっていて、ギャングのクレイトンに借金があるという。彼の周りには、いわくのありそうな男がたえず現れる。
一人抜きん出た才能を見せるサムエル。大人しい彼だが、家では病気がちの母と強権的な父がいる。そして、経済的な理由で授業を諦めなければならない、と言い出すのだった。
子供たちは、集中して次第に腕を上げていく。問題を抱える家庭に育つ彼らにとって、教室は安心できて、自分の価値を確認できる大切な居場所なのだ。合奏自体、まず自分が練習して上達したうえで、仲間と心を合わせないとできないこと。しかも曲は、バッハやシュトラウススなどの高度なクラシック。
家を出て転々としても、サムエルは片時も楽器を離さない。彼がバラックの入り口で弾くヴァイオリンの美しさ。それにVRが民族楽器で合わせる軽妙なハーモニー。逆境を振りほどいていけそうな、可能性がきらめいていた。
だが、その陰で二つのことが進行する。クレイトンが借金の件でVRたちを脅し始め、クラブのトイレであわや殺人が起こりかける。一方、子供たちのために奔走していたラエルチに、再びオーディションの知らせが届き、彼は自分の夢に再び向き合う。そして、ラエルチがサムエルに、近い別れを知らせて悲しませた直後、悲劇が起こるのだ。
警察にサムエルが射殺される場面も、それに抗議してスラムが火に包まれる暴動シーンも、あまりにもリアルで、やりどころのない怒りと悲しみがはりついていた。個人の希望や未来が、暴力や恐怖にかき消される。
だが、生徒たちは、結束して演奏会を成功させた。今後バッハを弾くたび、彼らはサムエルを思い出すだろう。彼らがずっと活動を続けていて欲しい。