2016年10月09日

ティエリー・トグルドーの憂鬱

 ハロ・ーワークの職員に、対応の不備を訴えるティエリー・トグルドー(ヴァンサン・ランドン)。クレーン操縦工の研修を受けて資格を取ったのに、作業員の募集に応募すると、建築現場の経験がないことを理由に採用されなかったのだ。経験が必須条件だと分かっていたのなら、なぜそんな研修を勧めて受けさせたのか。だが、職員は、履歴書作成の手伝いと、募集企業のリスト作成しかしていない、と繰り返すだけ。失業者の手助けをする機関が、自分たちのせいの無駄な努力や疲弊に無関心で、時間がない切羽詰まった事情にも冷淡なら、一体どうすればいいのだろう。

 工作機械の作業員として働いた会社でリストラに遭ったティエリー。同僚たちは、不当解雇を裁判に訴えようと集まっていたが、彼には、裁判と職探しを両立させる気力はなかった。会社から切られたこと自体が大きなショックで、もう社名さえ思い出したくないのだ。そんな傷ついた彼に、次々と試練が重なっていく。

 スカイプでの面接。相手は、不熱心な質問を重ねるうち、どんどん条件を下げてきて、ティエリーがそれを飲んでもいいと応じると、彼の履歴書には自己PRが足らない、と言い出し、前向きに検討すると言っておきながら、採用の確率は低いと思っていてくれ、と言う。要するに初めから雇う気などないのだ。ティエリーの緊張した疲れた表情は、面接にふさわしくないかもしれないが、相手の無礼さは、あんまりというものだ。

 ティエリーは、面接の映像を見て批評し合うグループコーティングに参加するが、参加者たちは、彼の表情や声の出し方などを次々と批判する。職を探す同じ境遇同士だというのに、相手の批判要素に気付かないと、自分の能力が低く見られるとでも思っているのだろうか。そもそもティエリーは、長い間仕事で能力を発揮してきたベテラン。妻子もちで、障害のある息子を愛する優しい父親として、立派に人生を歩んできた。それが、若造たちにまるで人格攻撃のような扱いをされるのだ。

 銀行の借入相談では、アパルトマンの売却を勧められ、あと5年になった返済を理由に断ると、生命保険の加入を勧められる。銀行員は淡々と業務をこなしているのだが、ティエリーにとっては、愛着のある家も自分の命も、お金として計算される。そこには、寒々とした現実の突きつけがあるばかりだ。

 ティエリーがやっとのことで得た職業は、スーパーマーケットの監視員だったが、そこも非情な場所だった。肉を盗んだ老人は、無一文で金を借りるあてもなく、料金を払えば釈放されるところを、警察に引き渡される。監視の目は職場の労働者にも及んでいて、ある日、勤続20年のベテランレジ係が、割引券の不正に集めていたことを発見され、解雇される。長い貢献が考慮されることも、家の事情を同情されることもない。彼女の自殺は、明らかに会社の冷たい対応のせいだが、会社は無関係を装い、カードを忘れた客のポイントを、自分のカードにスキャンしていたという店員が、またも事務所につれて来られるのだった。ほんの小さな不正も、従業員を切る大事な理由。追及する側の役員たちは、役得を利用したこと覚えなどないのだろうか。

 ティエリーは、役目を遂行するのみで想像力を欠いた相手に、侮辱を受け続ける。そこには、人への敬意や人間の尊厳がない。傷だらけの彼はみじめだが、ぎりぎりの矜持が感じられる。そんな彼が、はからずも同じように弱い人々を、攻撃する側の共犯者の立場に立たされるのだ。閉塞した出口のない状況。だが、寡黙に耐えるティエリーの目線に徹底して、この状況を描いていること自体には、希望が感じられると思う。
posted by HIROMI at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記