2017年01月22日

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

 1950年代後半。フランクフルトのヘッセン州検事長フリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、ナチスによる戦争犯罪の告発に執念を燃やしていたが、真剣に取り組んでいるのは組織の中で彼ひとり。部下たちはやる気がなく、オフィスから度々事件のファイルが盗まれる始末で、戦後10年が経っても捜査は進んでいなかった。
 そんな中、ユダヤ人の強制収容所への輸送を指揮したアイヒマンが、アルゼンチンに潜伏しているという情報が、バウアーにもたらされる。

 当時の西ドイツは、ナチの残党が政府の中枢に居座っていて、官房長官のゲロプケは、ユダヤ人から公民権を奪った「ニュンベルグ法」に関わった人物。警察内部も同様で、連邦刑事局のゲープハルトは元親衛隊少尉、上席検事のクライスラーも元親衛隊員だった。不都合な事実の封印が解かれるのを恐れる彼ら。権力をもち、妨害のためにあらゆる手段を駆使できる強力な敵に囲まれながら、バウアーは、恐れることなく自らの信念を貫いていく。

 ユダヤ人のバウアーを、周囲は復讐の鬼だと見ていたが、彼の信念はもっと深い洞察に支えられていた。復興に邁進するなか集団忘却に陥っていた祖国に対し、忌まわしい過去に向き合うことなしには、真に民主主義の社会を築くことはできない、と考えていたのだ。そのためには、どうしても戦犯をドイツの法廷で裁かなければならないと。そして、今後を背負う若い世代に、過去と向き合う勇気と希望を託していた。

 自分に共鳴した若い検事カール・アンガーマン(ロナルト・ツァルフェルト)を右腕にして、捜査を始めたバウアー。だが、インターポールも、国際裁判所も、政治犯には関知しないという。当時の国際状況も壁として立ちはだかり、冷戦の時代、西ドイツ政府が弱体化するのを嫌がったアメリカも、協力を渋っていた。
 状況を打開すべく、バウアーは、イスラエルの情報機関モサドに情報を伝えて協力を依頼する。だが、それは国家反逆罪に触れることだった。

 モサドが対象をアイヒマンではないと疑ったことから、バウアーが第2の証拠を掴むまでの過程が、サスペンスのようだった。本当に味方なのか分からない、ジャーナリストのモアラッハ。彼が、アルゼンチンでアイヒマンをインタビューした記者から、テープを入手する。「私の罪は、1030万人のユダヤ人を絶滅できなかったことだ。それが達成されていたら、すべての問題を解決できた」と話すアイヒマンの断固とした口調は、後の裁判でただ命令に従っただけだと言った彼とは、隔絶の感があると思った。

 バウアーは、自分の組織を欺くためにガセ情報を発表し、モサドとともにアイヒマンを追い詰めていく。バウアーを国家反逆罪に問うために手を回す内部の敵との闘いも、とてもサスペンスフルだった。

 物語で大きなカギを握るのは、同性愛。バウアーは同性愛者で、亡命先での買春で逮捕歴があった。ナチは、ユダヤ人や障害者とともに同性愛者を強制収容所に送ったが、1950年代のドイツでも、男性同性愛は刑法173条により犯罪だった。ナチの数々の悪法も、刑法173条も、少数者に対する社会の反感や排除を表している。人権を抑圧する法律が、当たり前のように適応される社会の恐ろしさを改めて思った。
posted by HIROMI at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記