2017年03月30日

わたしは、ダニエル・ブレイク

 心臓病を抱え、医師に働くことを禁じられている初老の大工ダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)。傷病手当を申請するが、役所からの電話による審査は、奇妙奇天烈なものだった。心臓が悪いという申請内容は全く無視し、50メートル以上歩けるか、とか、腕は頭の位置以上あげられるか、とか。日常生活もままならない状態でないと通さない、ということなのだろう。認定者は、米国の多国籍企業。政府は、自国の大事なセイフティネットの入り口を、そんなところに丸投げしているのだ。

 受給の資格なし、の結果に抗議をしようにも、役所の電話に誰も出ない。やっと通じた電話では、「義務的再申請が必要だが、その前に認定者の電話を受けねばならず、その電話がいつかかってくるかは分からない」という、シュールな返事が返ってきた。
 困ったダニエルは求職手当の申請にかかるが、ここでも制度は、とことんふざけたものだった。意欲をそぐような履歴書の書き方講座を何時間も受けさせ、過重な時間の就職活動を課す。ダニエルは1社から合格をもらうが、病気のために断ることしかできない。そんな不合理な目に耐えても、報告の面接では、全然活動が足らない、と面罵されるのだ。

 効率の悪いたらい回しでの疲弊に加え、職員の冷たく威圧的な対応も、ダニエルの自尊心を傷つける。ミスともいえない小さなことで違反を取って、申請者を脅す。切り捨てという脅かしは、苛立つ申請者をおとなしくさせるためだけでなく、実際に簡単に切られるカードだ。

 そんななか、ダニエルはロンドンから越してきたばかりのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)に出会う。子連れで道に迷い、約束の時間に遅れたというだけで、給付を断られた彼女。彼女は、雨漏りに文句を言ったためにアパートを追い出され、福祉施設に2年も住んだ後だった。ケイティの窮状に心を痛めたダニエルは、家を修繕するなどで彼女を助け、子供たちも次第に落ち着いていく。

 だが、ケイティの状況は逼迫していた。フードバンクを訪れた彼女は、缶詰をその場で開けて食べてしまい、自分の行いにショックを受ける。子供たちに食事をさせるために自分は我慢を重ね、餓えていたのだ。フードバンクになかった生理用品をスーパーで盗んでしまったあと、警備員から、助けたいからと電話番号を渡される。破れた靴のためにいじめられたと娘から聞かされたケイティは、その番号に連絡。役所の対応が違えば解決できるわずかな金のために、ケイティは身を落とすのだ。

 一方、ハードルを上げるばかりで冷酷な対応にキレたダニエルは、役所の壁に「わたしは、ダニエル・ブレイク」と落書きする。正当な救いを要求しただけなのに、なぜ人間らしい扱いを拒否されるのか。自分の尊厳を主張するぎりぎりの行動だった。だが、逮捕・保釈後の彼は、病気を悪化させて弱っていく。

 ごく普通の善良な人々が、弱い立場に陥った途端、深刻に人生を破壊される。システムの非情さや切り捨ての実態に、怒りがこみ上げた。
 だが、重い内容にもかかわらず、心に温かさが広がるのは、ダニエルとケイティが励まし支え合う以外にも、人々の優しさが描かれているからだろう。役所の官僚主義とは正反対に、ちまたの人々は人間的だ。フードバンクの職員は親身で温かい。ダニエルが抗議の落書きをした時も、道行く人たちは、ダニエルを称えて警察に抗議した。彼らも社会の底辺にいるような感じを漂わせているが、いがみ合いや分断ではなく、共感や連帯が根を張っている希望。彼らの気高さは、トランプ支持とは相いれないはずだ。 
posted by HIROMI at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記