2008年05月31日

ランジェ公爵夫人

 セリジー伯爵夫人邸での舞踏会で出会ったアントワネット・ド・ランジェ公爵夫人(ジャンヌ・バリバール)とアルマン・ド・モンリヴォー将軍(ョーム・ドパルデュ)。公爵夫人が将軍に目をつけて近づき、アフリカで捕虜になって帰還した話を聞かせてくれとせがむ。別れ際に、明晩自宅で話の続きを聞かせてほしいという公爵夫人。これが、二人の恋の駆け引きの始まりだった。といっても、駆け引きをしているのはもっぱら公爵夫人で、将軍の方は、彼女を自分のものにしようとただ必死で追いかける。

 誘惑しておきながら、あいさつのための手への接吻以上は許さないばかりか、言葉ばかりを弄し実際には心を開くことのない公爵夫人に、純朴な将軍は振り回される。
 たとえば、最初の訪問では、わざと体の具合が悪いと言い、将軍が気を使って帰ろうとすると引き止めて話の続きをさせ、それで元気になったから今から夜会にでかけるという。二度目も、自分の方から呼んでおきながら、話の途中で舞踏会の約束があったといい、それに彼が怒ると彼のためだからと外出をやめるが、同時に彼に帰ってくれという。歌声を聞かせておびき寄せながら、部屋に入ると怒り、謝って出て行こうとすると留まれという。

 これが友人関係なら、とっくに破綻というより、最初の次はもうないだろう。彼女のやっていることは、子どもにだっこしてあげるといながら、その子の体を押しのけるようなもの、にこやかに笑いながら刃物を向けているようなものだ。ヴィダム・パニエが彼女に「彼は鷲のような男であなたの手に負えない」という場面があるが、さんざんに将軍を弄ぶ公爵夫人の方が、獰猛で狡猾な猛禽類に見える。社交界の恋の流儀は、これほど残酷で邪悪なものだったのだろうか。彼女は誘惑しながら恋の成就を拒否し続けるが、もし将軍が彼女のゲームを見抜き、同じように策を弄していれば、彼女の反応は違ったのではないだろうか。つまり、もっと早く彼女を無視していれば。

 舞踏会の帰りを待ち伏せて彼女を拉致し、額に罰の烙印を押すという将軍に、初めて夫人は自分は彼のものだという。力関係が逆転し従順になった夫人の顔に浮かぶ恍惚の表情。「烙印を押せば私を忘れられない」という彼女は、屈服しながら、同時に将軍の心に占める自分の大きさを確信している。だが、彼は女の体を奪うことも、烙印を押すこともせずに解放し、以後完全に彼女を無視。恋心に目覚めた夫人は、空しく彼に手紙を送り続け、最後通牒にも反応しない彼の態度に絶望したあげく、マヨルカ島の修道院に入ってしまう。

 だが、二人の関係はそこでは終わらない。5年の月日をかけて彼女を見つけ出した将軍に、テレーズと名を変えた彼女は、以前以上に愛しているといいつつ還俗を拒否し、彼が以前と同様に仲間と彼女を拉致しに来ると、今度はすでに命を絶った後。最後の機会を逃した将軍に二度目のチャンスは初めからないのだ。結局、彼女は彼の人生を翻弄しつつ、永遠に彼から逃げおうしたわけで、恋のゲームは彼女勝利の完全試合に終わる。だが、彼女の人生も結局彼との恋の戦いに捧げられたわけで、互いに一生を縛ることになった二人の関係は壮絶。本当の接吻も抱擁もないのに、男女の息詰まるような攻防は官能的だった。
posted by HIROMI at 22:05| Comment(2) | TrackBack(8) | 日記
この記事へのコメント
TBありがとうございます。
反映が遅れてすみませんでした。
昨日はダービーでしたので(笑)。

>本当の接吻も抱擁もないのに、男女の息詰まるような攻防は官能的だった。

本当、その通りですね。
男と女の映画はこうして撮るんだというお手本みたいな映画でした。
これが79歳の監督の作品というのですから驚きます。
ロメールもゴダールそうですが、老いてなお瑞々しく官能的。
すでに枯れ始めている僕も(笑)見習いたいものです。
Posted by きぐるまん at 2008年06月02日 09:37
きぐるまんさん
お越し下さってありがとうございます。
TB、失敗の表示だったので何度かやり直しをしました。しつこく送ってしまいすみませんでした。
きぐるまんさんの記事を読んでいたので、カモメの鳴き声に注意してたんですが、確かに二人の不幸な運命に呼応しているようでした。
ただ、拉致された公爵夫人が態度を変える場面は、私には浅ましく思えて、将軍がそうだったように、彼女の告白をそのまま信じることはできませんでした。
でも、とにかく重厚で華麗で、すごく見ごたえのある作品でした。ジャック・リヴェット79歳なんですね、すごい!
Posted by HIROMI at 2008年06月02日 19:10
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