2016年05月05日

さざなみ 

 結婚45年を迎えたケイト(シャーロット・ランプリング)とジェフ(トム・コートネイ)。長年連れ添った二人には、互いを大切に思いながら親密な日常を生きた、穏やかな雰囲気が漂う。45周年の記念パーティーを一週間後に控えた朝、ジェフ宛に、スイスで遭難したかつての恋人の遺体発見の知らせが届いた。

 手紙を読んだ瞬間から、ジェフは昔の恋人カチャに取り憑かれたかのよう。「僕のカチャ」といい、近所を歩くのもやっとなのに、スイスへ遺体確認に行きたそうにする。出かけたケイトが電話をかけても、留守電のまま。禁煙の約束も破ってしまう。ケイトはショックを受けながらも、初めは、様子の変わった夫を心配し気遣う余裕を見せていた。

 あろうことか、ジェフはケイトに、カチャと行ったスイスの6週間の旅行のことを、警察に夫婦だと言ったことや、ガイドを嫌っていたこと、山に咲いていた花のこと、そして不意に襲った事故に至るまで、詳細に語る。ジェフは多分、歳をとって妻に頼っている続きで、自分の思いを妻に受け止めて欲しいのだろう。妻は同志なのだから、すべてを分かってほしい。だが、なぜ出会った当時やもっと早くではなく、45年も経った今なのか。妻の気持ちを忖度しない彼の態度は、あまりに素朴で無神経だ。

 結婚前に別の恋人がいたなど、ありふれたことで、自分への愛とは関係ない。ケイトも最初はそう思う。だが、老いた自分と違い、発見されたカチャは若い姿のまま。その思い出に執着する夫の様子に、ケイトは嫉妬する。久しぶりのセックスも、夫が若い頃のように急に政治談議を始めたと聞くと、カチャが現れた影響を感じる。夫がスイス旅行を思いつくのも、温暖化についての本を読むのも、すべてカチャのため。

 追い詰められたケイトは、もしカチャが死んでいなかったら彼女と結婚していたかと問いただし、ジェフは肯定で答えた。この時彼女は決定的に、夫との生活がカチャの存在に浸食されているのを感じたのだと思う。
 夫の留守に自らロフトに上がったケイトは、カチャの写真を発見する。夫は自分の写真は撮らなかったのに、カチャのものは、彼女が撮られたと意識しないものまで大量。しかもケイトはその中に、子供を産めなかった自分とは違う、妊娠した姿を見つけるのだ。

 ジェフがケイトを撮らなかったのは、もしかすると、さかんに撮っていた恋人が死んでしまったからかもしれない。あんなに詳細に語ったジェフが、カチャの妊娠を話さなかったのは、ケイトを傷つけない配慮だったろう。それに、愛する恋人との結婚を考えるのは、ごく自然なことだ。だが、そのすべてがケイトには苦痛だ。そもそも、長年、カチャの思い出の品の下で暮らしていたなんて、ひどい。ケイトが今気付かなかったとしても、ジェフの死後に発見する可能性だってあるではないか。

 ケイトが船に乗っているシーン、もしローマ人がこの地域に鉱脈を発見していなかったら、この運河は掘られていなかった、というアナウンスが流れる。そして、彼女は、事故のために宙ぶらりんになったジェフの選択の先にあった自分の人生の空しさに覆われる。

 前日に妻の傷心にやっと気付いたジェフは、パーティー当日、朝からかいがいしくケイトに尽くし、スピーチでは、ケイトと結婚したという選択の正しさと、彼女への感謝を述べる。荷を降ろしたように、軽々と妻とダンスする姿には、単純なバカさと小狡さを感じた。仲直りできたつもりの夫のそばで、ケイトは完全に離れた心を抱いているのに。 
posted by HIROMI at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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