メアリー・メイプスは、CBCニュースで20年のキャリアをもつプロデューサーで、ダン・ラザーは、長年CBCでアンカーマンとして人気を博してきたベテランだった。2004年、イラクのアブグレイブ刑務所での虐待事件を報道したあと、大統領選の最中、メアリーはチームを組んで、現職大統領ジョージ・W・ブッシュの軍歴詐称疑惑の調査に取り掛かった。
公式記録によると、ブッシュは、ベトナム戦争さなかの1968年に6年契約でテキサス空軍州兵として入隊し、1973年に早期除隊。その間、1972年に健康診断を拒んで処分を受け、アラバマに転属しているが、その後1年は勤務した形跡がない。つまり、ベトナム行きを逃れるためにコネで入隊したうえ、職務怠慢だった疑いが、ささやかれていたのだ。
チームは、ブッシュが入隊した当時の副知事や、当時の指導教官キリアン中佐、キリアンの上官だったホッジス将軍らを探し出すが、キリアン中佐はすでに死亡。他は、みな同じように口を閉ざすか、疑惑を否定するかだった。
そんな中、キリアン中佐が残したという文書のコピーが、退役軍人バーケット中佐から提供された。そこには、ブッシュの訓練不参加や、能力不足が記録されていた。
チームは直ちに文書鑑定家に鑑定を依頼するとともに、さらに取材を進めると、元副知事はブッシュを入隊させたことを認め、ホッジス将軍は文書の内容を否定しなかった。充分ウラが取れたと考えたメアリーたちは、キリアン文書をブッシュ疑惑の新証拠として報道する。
スクープはたちまち話題となるが、直後に窮地に立たされたのは、ブッシュ陣営ではなく、メアリーたち報道した側だった。「文書のフォントも書式設定も、70年代当時にはないもので、文書はワードで打たれた偽物だ」、とネットで保守派のブロガーたちが騒ぎ出したのだ。
メアリーたちは、過去の膨大な文書のなかから、同じフォントや書式設定を見つけ出すが、証拠の文書はオリジナルでなくコピーのために、正式な鑑定はかなわず、メアリーたちはどんどん追い詰められていく。
何週間にも及ぶ粘り強い取材が、ネットの一撃で無残にも崩されていく。ネットの中には、メアリー個人に対する酷い攻撃も並んでいて、身がすくむ思いだ。一度火がついた攻撃はどんどん拡散し、他のメディアも同調し出す。そして、その負の勢いにあおられてか、一旦文書の内容を認めたホッジス将軍も、言をひるがえすのだった。
そんな中、チームを守ってくれるはずの会社は、内部調査委員会を設置。報道を誤報と決めつけ、その責任をメアリーに取らせて、事態を収拾しようとするのだった。委員のなかにはブッシュに近い者も数人いて、初めから出来レースの過酷なものだった。アンカーマンのラザーは番組を去り、メアリーは解雇される。二人の栄光に包まれた輝かしいキャリアは、文書の騒動で一気に崩れさっていく。
悔しいのは、世間の関心が文書の真偽にだけ集まり、ブッシュの疑惑自体はまったく問題にされなくなったことだ。新証拠はワナだったのか。関係者の証言からも、記録からも、疑惑は明らかだというのに。アメリカのその後にとって、この報道が消された影響は、はかり知れないはずだと思う。
調査委員会の最後に、メアリーが行った反論は、真実を追究する者の高い知性と誇りに貫かれていて、感動的だった。彼女たちが手掛けていた調査報道こそ、ジャーナリズムが力を発揮すべきもののはず。リスクが大きいからといって、調査報道が少なくなるのは残念でしかない。
2016年08月20日
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