2008年08月09日

おいしいコーヒーの真実

 中毒なので、コーヒーを飲まずに一日を過ごせない。薄くさえなければインスタントでもかまわないが、甘いのがダメなので缶コーヒーは飲めない。香りとか味とかに別にこだわりはないけど、カフェのおしゃれな写真には見入ってしまう。コーヒーという単語にはなぜか特別な香りがあって、そのウンチクを語る文章は心地いい。それで、この映画のチラシにも眼がいった。でも、これはコーヒーの取引をめぐる告発のドキュメンタリーだ。

 エチオピアのコーヒー農業組合の代表者タデッセ・メスケレ氏を案内役に、アメリカ・西欧諸国の市場取引と、それにより圧迫され疲弊する生産国の現場が交互に映し出される。
 ニューヨークの取引市場の活況の場面のあと、村人たちが自分たちの収入の低さを嘆く。イタリアの焙煎工場では、完璧なアロマの追求が語られる。「チョコのようなハチミツのような、トーストのような香りを含むのです」ああ、芳醇さの表現ににうっとりする。だが、続いてその豆の選別に従事する女たちの映像が映し出される。高品質のコーヒーを支える彼女たちの一日の賃金が、わずか0.5ドルとは。
 シアトルの活気にあふれるスタバ店内。だが、そのスタバに豆を提供しているエチオピアのシダモは、深刻な飢餓状態に陥っている。きつい労働を長年続けても報いられない貧しい人々。子どもたちは学校に行けず、若者が農業への絶望を口にする一方、土地を守ろうとする親は、食べていくために、コーヒーよりはるかに高く売れる麻薬植物に転作する。この場面が一番ギョっとした。

 コーヒーの全世界での一日の消費量は20億杯。取引規模は石油につぐ大きさだが、その市場を数社の多国籍企業が支配し、トールサイズのコーヒーの値段330円のうち、コーヒー農家が手にするのはわずか3〜9円に過ぎないという。国際貿易の会議も、アフリカ諸国を締め出してアメリカや西欧諸国が数で押し切る。
 「援助物資を受け取る親の姿は、子どもに働いても希望がないと教えていることだ」と語るNGOの職員。コーヒー収益におけるアフリカのシェアの1%増は、アフリカへ送られている援助額の5倍に相当するとか。アフリカが自立し最低限の生活が保障され、先進国は援助を減らせる。たった1%増で事態が好転するのに、なぜそうならないのだろう。

 意識しようとしまいと、世界のどんなことにも自分の生活はつながっていると思うけど、毎日何杯も飲むコーヒーのこの現実は辛い。中間業者にゆだねず、正当な対価を受け取ろうとするタデッサ氏の運動に希望があるのが救いだ。フェア・トレードのエチオピア・ハラー産のコーヒー、飲まなければ。
 
posted by HIROMI at 13:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記
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おいしいコーヒーの真実
Excerpt: おいしいコーヒーの真実(2006 イギリス・アメリカ) 原題   BLACK GOLD   監督   マーク・フランシス ニック・フランシス   編集   ヒュー・ウィリアムズ       ..
Weblog: 映画のメモ帳+α
Tracked: 2008-08-11 23:41