2017年03月12日

ショコラ 君がいて、僕がいる

 19世紀末の北フランス。人気の落ちた道化師フティット(ジェームス・ティエレ)は、黒人カナンガ(オマール・シー)に目をつけてコンビを組む。サーカスに採用されると、息の合ったダイナミックな芸でたちまち人気者に。評判を聞いた興行師に引き抜かれてパリの名門ヌーヴォー・シルクに「フティットとショコラ」として登場すると、大勢の観客を魅了して、二人の名前はパリ中に知れ渡っていった。

 小屋のようなサーカスから、豪華な会場でのショーへ。客も、素朴な村人からパリの名士へ。貧しかった二人は、高いギャラをもらい、身なりも生活も変わっていく。コインの表裏のように一体の彼ら。だが、芸のことばかりを考えて禁欲的なフティットとは対照的に、ショコラは女たちを次々と口説き、酒やギャンブルにのめり込んでいく。

 元奴隷で、逃げ出したあとも転々としながら苦労を重ねたショコラにとって、放埓さは、成功したからこその証で、自由を謳歌する姿だったろう。一方で、黒人であることは、当時はまだひどい差別の対象で、人気者となってさえ受ける屈辱が、彼をより酒やギャンブルに向かわせてしまう。
 身分証がないために逮捕されると、タワシで体中をこすられる拷問を受け、息絶え絶えに。黒人が有名人なら、よけいに思い知らせるような残虐な目に合わされるのだ。釈放後も、植民地博覧会で、アフリカ人が”展示”されているのを目撃してショックを受ける。そして、それらの度に思い出すのは、犬のように白人に仕えていた父の姿だった。

 そして、芸人としての葛藤もあった。フティットは本名なのに、ショコラは黒人としてのあだ名のようなもの。ふたりのユーモラスな出し物は、いろんな場面設定の多彩なものなのに、ショコラがフティットに尻を蹴られるシーンばかりが強調され、彼らの芸の代名詞のように語られた。

 どんな時にもショコラの味方だったフティット。だが、おそらく世間が思っている社会の位置が違うことで、次第に対立が生まれていく。フティットは、ショコラの才能を見抜いたからこそ彼とコンビを組んだ。だが、受けるために、観客が思い描く白人と黒人の上下関係を、芸に反映させる。口角の下がった意地悪な化粧は、黒人への軽蔑にも見える。だが実際は、練習をさぼるショコラへの不満や、コンビとしての不安や、彼自身の孤独を表していたのだろう。

 コンビを解消し、一人のアーティストとして認められたいと願い、「オセロ」の黒人役を演じたショコラを苦難が襲う。才能にあふれながら、当時の社会状況の中、彼は多分早く生まれ過ぎた人物だったのだろう。だが、黒人の芸人として、まぎれもないパイオニアだ。病院で子供たちの慰問を続けた優しい精神とともに、彼の苦悩や戦いに、再び光が当てられてよかったと思う。 
posted by HIROMI at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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