2008年10月06日

宮廷画家ゴヤは見た

 昨夜、試写会で「宮廷画家ゴヤは見た」を観た。

 18世紀の終わりから19世紀初めのスペインが舞台。カルロス4世に使える王の画家だったゴヤ(ステランス・スカレスガルト)の目を通して激動の時代を描いた大作。
 タイトルから、宮廷スキャンダルの話かと思っていたが、主人公が見たのは異端審問にかけられた少女と彼女を捕らえた神父のかかわりだった。

 中世の魔女刈りは知っていたが、それからかなり時代が下った19世紀に、魔女刈りとまったく変わらないことが行われていたとは。神父ロレンゾ(ハビエル・バルデム)は、物質が原子でできていると言う者や、教会でなく寺院という言葉を使う者も捕らえるよう命令して異端者の発見を強力にすすめ、料理屋で豚肉料理を口にしなかったことから、裕福な商人の娘イネス(ナタリー・ポートマン)が捕らえられる。
 ただ豚肉が好きじゃないから、という弁明は耳に入れず、隠れユダヤ教徒であるという「真実」を告白するまで拷問する。神の名によって行われるおぞましい愚行。花のように美しく未来があったはずの少女の、これ以降の運命はあまりにも悲惨で救いがなかった。

 ゴヤを通じてロレンゾに娘の釈放を願っていた父は、異端審問の理屈を聞いて激昂し、ロレンゾを吊るして偽りの告白にサインさせ、審問の論理のでたらめを証明。教会修復の金を渡して娘を釈放させようとする。だが、初めに娘を審問所に行かせないよう手を回すべきだったろう。身を挺した努力は後手に回り、再び家族が再会することはない。娘を空しく待つ長い年月はどれほど苦しいものだったろうか。

 ゴヤのアトリエでイネスの肖像を見た時から彼女に眼をつけ、囚われた彼女を慰めるふりをして彼女への欲望を満たし、家族には彼女は元気だと告げるロレンゾ。大金を受け取りながら信仰のためとイネスの釈放に動かない教会。受け取った金に応える政治家の方がまだまともだろう。ゴヤが風刺した聖職者の実態はこういうものだったのだろうか。とにかく、教会の残酷さと、彼らによって虐げられた人びとの悲惨さが、この映画を観た一番の感想だった。

 フランス軍が侵略し、民衆が道で死んでいく。進歩的な思想によりスペインを解放するいうセリフはどこかで聞いたような。しかし、それによって異端審問が廃止されるのも皮肉。フランス革命の思想を体現したかのように振る舞い、権力を握って凱旋するロレンゾ。ゴヤが彼の肖像に顔を描かず、「幽霊だから」といったのは、聖職者たちに対する皮肉なのだろうか。原題は「ゴヤの幽霊」だから、この映画の本当の主人公はロレンゾということか。

 ゴヤは、眼光鋭いがフランクな感じ。イネスの父からとっさにロレンゾを救おうとしたり、ロレンゾが邪魔に思っているはずの彼とイネスの子どもの名を告げたりの場面はまっとう過ぎて、なぜわざわざ彼に都合よく行動するのか、と思ってしまった。勝手な想像だが、実際にはもっと気難しい人物だったのではないのだろうか。


 
posted by HIROMI at 23:16| Comment(6) | TrackBack(21) | 日記
この記事へのコメント
公式ホームページで監督が20世紀、あの映画のようなことを経験した、21世紀は無くなるでしょうか?と問いかけている。「ゴヤの亡霊」という題を見た時、私は現代に通じる話で、皮肉をこめて映画を作ったんだと、思いました。
それにしても、あの美しい娘さんが15年後牢獄から出てきた時の変わりようはすごかったですね。俳優さんがみんな上手かったです。
Posted by MAO at 2008年10月07日 07:56
MAOさん
コメントありがとうございます。
重たい内容でしたね。司会者が言っていたように、監督はアウシュビッツで両親を失くしているし、チェコの動乱も経験しているので、それらがこの映画に反映しているのでしょう。公式HPを見ましたが、具体的に語っていない分、すごく重い体験だったのだろうと感じました。
イネスの変貌はギョッとしました。ひどく年を取ったと感じないだけに虐待の跡が生々しくて、今も眼に残っている感じがします。
Posted by HIROMI at 2008年10月07日 20:04
TBありがとうございます。
ずっと時間が経ったら、出獄したときのイネスの容貌ばかりが突出して思い出される映画になるかも知れませんね。
ナタリー・ポートマン、ユダヤ系の女優さんですが、それだけに強い思いがあったんでしょうか。
『ブーリン家の姉妹』での演技も注目ですね。
Posted by きぐるまん at 2008年10月27日 10:54

きぐるまんさん
お越しくださってありがとうございます。
ぼろぼろの女がイネスだと気付いた時はショクでした。ロレンゾの死体の後を、赤ん坊を抱いてついていくラストも、迫真の演技と分かっていても、あまりの悲惨さが忘れられません。
ナタリー・ポートマンがユダヤ系の女優なら、あの役には思い入れがあっただろうと思いますが、イネスと関わった画家が、ゴヤである必要はなかったですね。
Posted by HIROMI at 2008年10月27日 20:30
こんにちは!
見応えのある映画でしたね。
でも、よく分からないところもあって、色々考え込んでしまったのですが、、、この作品は皆さんがそれぞれ自分の視点で何かを考えたくなるような作品のようで、そういう作品って考えたら素晴らしいですよね。
私は当時のスペイン事情を全く知らず、ゴヤについても興味がなかったのですが、鑑賞後に知りたくなってしまいました。
ゴヤの作品を見ていたら、映画の映像が浮かんできて、イネスの数奇な運命もロレンソの少々滑稽な運命もその中にある気がしました。
もう一度作品を観ると、もっと心に響くかもしれません。
Posted by 由香 at 2008年11月23日 11:32
由香さん
お越しくださってありがとうございます!
フランス革命は学校で教えられたものの、私も同じ時代のスペインのことは何も知らなかったので、すごい衝撃を受けました。宗教が行った残酷で愚かしい事実を知らされたことだけでも、大きな意味があるのだろうと思います。
エンディングで次々に映されたゴヤの絵は迫力でしたね。民衆の表情も狂気が宿っていて、あの時代の生き難さや社会の過酷さが感じられました。イネスもロレンゾも、あの絵の中にいたような人物かもしれませんね。
ただ、ゴヤの人間像に芯がなくて、そのせいでよけいな疑問に悩まされてしまいました。エンディングの絵くらいの鋭さが彼に欲しかったなあ、という気がしました。
Posted by HIROMI at 2008年11月23日 23:24
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