2009年02月06日

その木戸を通って

 市川崑監督の未公開作で、93年に作られたものだそう。市川監督らしく、一コマひとコマが構図の練られた絵のようで、きれいだったし、役者もいい味を出していた。

 名門平松家を再興するために養子・当主に選ばれ、城代家老の娘との縁組が決まっていた平四郎(中井貴一)。勘定役として城勤めをする留守中に、記憶喪失の娘(浅野ゆう子)が家に迷い込んで来る。縁談を取り持った中老の田原権右衛門(フランキー堺)に問いただされてあわてて家に帰り、自分を妬んだ者の陰謀だろうと娘を追い出そうとするが、娘が哀れに思えてきて結局家にかくまうことに。

 娘を追い出した方がいい、いやかわいそう。家扶の吉塚助十郎(井川比佐志)と平四郎の意見が入れ替わったり、娘のことで渋面を作る田原と平四郎のやり取りがコミカルでおもしろかった。
 性格がよくて働き者の娘はふさと名づけれら、助十郎と妻のむら(岸田今日子)にもかわいがられ、彼女に次第に心惹かれていった平四郎は、家老の娘との縁談を断ってふさと結婚。娘が生まれて幸せな生活を送るが、ある日、城に詰めての仕事中に姿をくらませてしまう。

 ふさが、かすかな物音におびえたり、憑かれた表情になって現実から遊離したり、そのあと突然気を失ったりする様子は、彼女が何か辛い体験をし、そのショックで記憶を失ったのでは、と思わせる。覚えているには辛すぎるためにそれを封印し、時折無意識に上ってくる過去の気配におびえているよう。「笹の道を歩いて、木戸を通って・・」とふさが別人の眼になっていう場面は、彼女の過去が封印を解かれ、恐ろしい記憶が語られるのだ、と緊張した。

 だが、ふさの体験が一体何だったのかは最後まで分からない。ふさの話は、彼女が残した一人娘の婚姻の日の日に、平四郎が昔を思い出すという形で語られ、それをはさんで、にぎやかな周囲の雰囲気と、花嫁の父親としての平四郎のすねたような様子、普通の暮らしの静かな幸せが淡々と綴られる。

 かつての下女に教えられて、ふさにそっくりな女を尋ねた時、人違いだった、という。だが、画面に映っているのはふさの顔。彼は、彼女が記憶を取り戻してもとの暮らしに戻っていることを、彼女の今の幸せを思って納得しようとしているのだろう。ふさは、記憶を失くして彼の所にきたが、古い記憶を取り戻した時、入れ替わるように、今度は新しい記憶を失くしているのだ。これは、アメリカ映画の「心の旅路」を思い出した。
 「心の旅路」では、失われた新しい記憶が呼び戻されてハッピーエンドだが、ここでは女は帰ってこない。平四郎が、幻の木戸を見つめながら、ふさがきっと自分と娘を思い出して帰ってくる、と泣く場面が悲しかった。

 若い頃の平四郎は如才ない男で、ふさに出会わず家老の娘と結婚していれば、どんどん出世の道を駆け上がっていただろう。ふさの失踪後は娘を抱えてやもめ暮らし。しかし、華やかさとは無縁の、しかも孤独な人生を、彼は後悔していない。自分を忘れたまま別の人生を歩いていた女を待ち続けていた、長い人生も受け入れる。ふさとの出会いと、ともに暮らした短かい時間は、彼にとってそれほどかえがえのないものだった。そのことに心を打たれる。「私はほどほどに幸せだった」とつぶやく姿が、しみじみと心に残った。
posted by HIROMI at 23:16| Comment(4) | TrackBack(4) | 日記
この記事へのコメント
「その木戸を通って」、よかったですね。描かれた世界は藤沢周平の武家物を思い起こさせるのですが、斬り合う場面はほとんどなく、ミステリーの謎解きのように話は展開してゆきます。役者もなかなかよくて、特にフランキー堺が演じる中老はとても存在感がありました。主人公は失ったものがたくさんあったにもかかわらず、自分の人生を「ほどほどに幸せだった。」と最後に独白するところは私も大変心をうたれました。
Posted by はっさく at 2009年02月11日 21:19
はっさくさん
コメントありがとうございます。
この原作は山本周五郎だそうですよ(読んでいませんが(笑))。
武家の話でしたが、お家騒動や出世争いや斬り合いとは無縁で、静かな切ない話でしたね。少し「夕鶴」に似てる気もしました。
フランキー堺、気難しそうで温かそうで、味がありましたね。彼と渡り合う中井貴一もいい役者に思えました。
平四郎の最後の言葉は、起こったことすべてを肯定するようで、本当に深いですね。
Posted by HIROMI at 2009年02月11日 23:48
こんばんは。

最近知ったのですが、
この映画、実はあの黒澤明が映画化する話もあったそうですよ。
そうだとすると、
どんな映画になっていたのか、
少し興味があります。
Posted by えい at 2009年02月15日 20:35
えいさん
お越しくださってありがとうございます。
へ〜っ、そうだったんですか。黒澤監督版も観たかったです。
二人とも完全主義者で、すごい人でしたが、もうどちらも亡くなったと思うと寂しいです。
Posted by HIROMI at 2009年02月15日 23:00
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