2009年02月11日

英国王給仕人に乾杯!

 第二次世界大戦前から1960年代初めまで、激動のチェコスロバキアを生きた小さな男ヤン・ジーチェの物語。

 百万長者になる夢を抱いたヤンは、駅のソーセージ売りから始まって、田舎町のホテルの見習い給仕、ついで国際商人専用の高級娼館チホタホテルの給仕、そして最高級のホテル・パリの給仕へと出世街道をのぼって行き、ついにはホテルのオーナーになる。その半生を語るのは、共産革命によって財産を没収され、15年の刑を終えて監獄から出てきた年老いたヤンだ。

 モノクロで映されるソーセージ売りの場面もそうだが、カラーに変わってからも、まるで昔の無声映画のようなコミカルな動き。それに、チホタホテルで、富豪たちが美女をはべらせて豪勢な食事をし、おいかけごっごをし、あとは三々五々にベッドインする場面や、ホテル・パリで円卓に寝そべる半裸の美女を眺めながら富豪たちが飲み食いする場面、ナチの将校と純血のドイツ女性がたわむれる場面さえ、退廃と堕落を描いている映像が、どこまでも光に満ちて牧歌的だった。

 すばしこくて抜け目のないヤンは運にも恵まれ、降りかかった不運もすぐに吉へとどんでん返る。面白いことに、毎回彼を次の職場に推薦してくれるのは同じように背の低い商人ヴァルデン氏だし、彼に勲章を授けたエチオピア皇帝もかなりのチビ。そして、彼と結婚するドイツ人女性リーザも背が低い。
 つまり、彼のサクセスストーリーは背が低いおかげで、リーザとの結婚によって、優生学研究所といういわば体制の思想の中枢に身を置いたりもする。だが、彼がいるポジションは、いつも誰かの日陰だし、優生学研究所では、女性たちの目からは存在さえしていない。

 老ヤンがビールジョッキをのぞくのに続いて若いヤンがビールをついでいる場面になったり、老ヤンが同じように罰を受けて森で暮らすマルチェラを追いかける場面に次いで、チホタ荘で大富豪が美女を追いかける場面が映されたり、昔と今のイメージが連想のようにきれいにつながっている。
 一方、過去のヤンの気楽に見える様子と入れ替えに映されるのは、ヒトラーによるチェコ併合にともなう重苦しい現実。ヤンが勲章をかけた自分の姿にうっとりしている傍で、ラジオがヒトラーの演説を流しているし、リーザとの結婚にふさわしいかを検査されるために精液採取をしている同じ時間に、若者たちが反乱分子として処刑される。

 リーザはヒトラーの優生思想にかぶれていて、ドイツ民族による解放を信じ、ヤンとの結婚も、彼の祖父がドイツ名だったことなしには考えられない。だが、ヤンはそれを屈辱とは感じず、自分より小さい彼女を守らなければ、と思っている。
 彼女との出会いは、チェコの青年たちが彼女の白靴下を奪おうとしてるところを助けたこと。襲われている少女を助けるのは情けも勇気もある行動だろう。その子が可愛ければ恋をするだろう。だが、彼の頭からは、周囲や自分の行動の社会的な意味は抜け落ちているのだ。だから、ハイル・ヒトラーの敬礼をしたリーザを座らせまいとするホテルの同僚の抵抗は、彼にとってはただの嫌がらせでしかない。

 だが、戦争に行くリーザを見送った駅で、貨物列車で輸送されるたくさんの人間の中にヴァルデン氏を見た瞬間、パンを渡そうと思わず走り出す。それはリーザを助けた時と同じで、つまり、彼は当時を生きた、愚かで浅はかだけど善意もある普通の人なのだ。リーザも同様に、ナチの時代を生きた、普通のドイツ人なのだろう。
 一方で、蓄えた富で大食を楽しんでいたかと思うと、忍び寄る戦争の影を敏感に感じ、ついには貨車で収容所に送られるヴァルデン氏や、ナチに最後まで抵抗してゲシュタポに連行される誇り高い給仕長の姿が忘れられない。

 かつてヤンは、花や、饗宴のあとに残された海の幸や果物で飾った恋人の裸体を、鏡に映していた。今の彼の前にある鏡には、老いぼれた彼の顔が映り、自分の過去に告発される。最後にヴァルデン氏とビールを乾杯する場面は、ヤンの想像なのだろうか。ヴァルデン氏は生き延びることができたのだろうか。
posted by HIROMI at 23:02| Comment(0) | TrackBack(11) | 日記
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