2009年03月07日

コッポラの胡蝶の夢

 巨匠フランシス・コッポラの10年ぶりとなる監督・脚本作。原作ものだが、奇しくも、この間観た「悲夢」と同じ、”荘子の胡蝶”の逸話にインスピレーションを受けている作品なので、胡蝶つながりで観に行った。

 老いて、生涯をかけた研究が未完のまま死を待つだけの言語学者ドミニク・マティ(ティム・ロス)は、自殺しよう訪れたルーマニアのブカレストで雷に打たれ、瀕死の火傷を負う。奇跡的に一命をとりとめた彼は、70歳のはずが35〜40歳にしか見えない若返りをし、わずか10週間で治癒。しかも、知的能力も飛躍的に向上し、多言語を習得するが、それを聞きつけたナチスが、彼を拉致しようと身辺に迫る。
 彼の治療に当たった院長の計らいでルーマニアを逃れたドミニクは、それ以後、ジュネーブ、チューリッヒ、カンピオーネと、ヨーロッパ各地を放浪し、言語の起源を探る研究を続けていく。

 物語の始まりは戦争の迫る1938年で、ドミニクは情報機関の女性とかかわりをもつほか、優生学の学者に追い詰められたり、行く先々でナチの影につきまとわれる。同時に、若返った彼のそばには、彼の分身が現れ、彼に助言をささやき続ける。戦争の終結後も、冷戦による核開発など、脅威の絶えない世相が続き、彼は執筆を続ける一方で、滅亡するかもしれない人類の運命を、絶えず意識している。
 言葉の起源を追うということは、意識の起源を追うということ。つまり、人類の始まりを追っているわけで、彼はそれを追究しながら、同時に人類の滅亡を予感しているということなのだろう。幻想的な暗い画面に時代の不安感が混じった独特な映像だった。

 ドミニクには別れた恋人ラウラ(アレクサンドラ・マリア・ラ)がいたが、スイス山麓で彼女にそっくりなヴェロニカに出会う。雷に遭った彼女は、ルピニと名乗ってサンスクリット語を話し、インド人から転生していることが判明。ドミニクは彼女と暮らし始めるが、ヴェロニカは夜ごとに憑依して転生前の言語を話し、古代エジプト語、バビロニア語、シュメール語とどんどん時代を遡り、ドミニクの追究する祖語に迫っていくが、同時に彼女は急激に老いていき、彼は彼女を救うために別れを決意する。だが、彼女はその後、どうなったのだろうか。

 ドミニクは、若返った時点の容貌を保ったまま時代が過ぎていくが、1969年、実際には101歳の時に故郷に戻り、懐かしいホールで旧友に再会する。だが、友人たちは、今は1938年だといい、話すうちにドミニクはもとの老人に戻ってしまう。それを不思議がらない旧友たち。そして、不意に死が訪れる。

 ドミニクの長く苦い放浪の経験は、一夜の夢だったのか。映画の冒頭、ビアホールに入るのをやめ、家に帰った彼だったが、実際はそこに入っていたというのだろうか。それとも、旧友たちとの再会の方が実際に見た夢だったのか。浦島伝説のように、長く経った歳月が、突然凍解されたのだろうか。いずれにしても、彼の研究はやはり未完。この物語で確実なのは、戦争とその後の冷戦の過酷な時代が、実際に起こったことだということだろう。
 
posted by HIROMI at 16:43| Comment(2) | TrackBack(11) | 日記
この記事へのコメント
tbありがとう。
世界中にある物語構造の祖形ですが、なじみのあるところでは、僕も「浦島伝説」のバリエーションとして捉えています。
Posted by kimion20002000 at 2009年08月26日 00:04
kimon20002000さん
お越し下さってどうもありがとうございます。
風変わりな長い年月のあとに、突然年老いてしまう展開は、「浦島伝説」そのものですよね。世界中にあるのなら、人類は、無意識の中に共通の幻想を抱いているのかもしれないですね。
Posted by HIROMI at 2009年08月26日 07:25
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