「ミツバチのささやき」から十年後に撮られたビクトル・エリセの第二作め。
暗い室内、切り取られたように青い空を映す窓、わずかな光が、ろうそくのようにくっきりと顔をたらす。空と湖にはさまれて、逆光のなかに浮かび上がる丘。侘しくくすんだ風景に、強烈な光が指す映像が独特だった。
父を探す声で目を覚ました夜明け、自分の枕元に父が使っていた振り子を見つけたエストレリャは、二度と父に会えないことを悟る。彼女が父との思い出を回想するなかで、南の故郷を捨て、苦悩を抱えて生きる父と、孤独をつのらせる主人公、次第に溝を深めていく家族の姿が描かれる。
病院に勤める父は、振り子を使って水脈を見つける不思議な力を持っている。エストレリャに振り子の使い方を教え、井戸を掘る場所を見つける時も二人は一緒。あふれる愛情を注ぐ優しい父親と彼になつく娘。いつもは教会に来ない父だが、エストレリャの聖体拝受の儀式にはそっと戸口に立ち、パーティーでは着飾った娘をエスコートして踊る。
だが、父の机の引き出しから、何度も書かれた見知らぬ女の名前を見つけたエストレリャは、自分が父のことを何も知らないのだ、と気付く。たまたま映画館の前に父の自転車を見たエストレリャは、映画館の看板に例の女の名前を見つけ、そこから出てきた父のあとをつけて、カフェで手紙を書いている父を見る。
エストレリャが、母から父が監獄にいたことを聞かされたという場面があるが、娘から語られる父の過去は、ほとんどが茫漠としていて、彼女が知らないことは観客にも分からない。おそらく父は昔人民戦線軍に関係していて、教会に行かないのも、フランコの支持基盤であったカトリック教会への反発かもしれない。
女優からの返事の「今までやった役は殺されるものばかりだった、撃たれ、刺され、首を締められ・・」というくだりも、仕事以外での彼女の過酷な経験や、悲惨な世相を暗示しているように感じられた。
非難と拒絶が綴られた返事に傷つく父。二人の別れは彼に責任があったのだろうが、返事の文面は、二人にはどうしようもない外の力が働いていたのも想像させる。だが、二人の具体的な体験が語られることはない。ただ張り詰めた気配のように、苦悩の影が立ちこめているのだ。
苦悩を深める父、両親の間で始まる争い。孤独なエストレリャは、ベッドの下に隠れて家族が見つけてくれるのを待つ。皆が大騒ぎするなかに父の声はない。だが、長い時間が経ったあと、天井から父が杖で床をたたく音が聞こえ、エストレリャは父がずっと家にいたことを知ってショックを受ける。「父は私の沈黙に沈黙で返した、自分の苦悩が私より深いことをそうやって私に知らせたのだ」。母に見つけられても一人泣く彼女の姿が悲しかった。
15歳に成長したエストレリャには、家族以外の世界がある。ある日、父がエストレリャを昼食に誘うが、彼女には父に対する昔のような親密さは消えている。何でも聞いていいよ、といわれ、彼女は女優の名を出して誰なのかを聞く。知らないと答える父に、昔女優の名前を書いた紙を見たといい、映画館を出て手紙を書いている父に合図した記憶を話す。父はどんな気持ちでそれを聞いたろうか。紙を発見した幼い頃は、父が知らない父の共犯者。そして今は、非難の気持ちのない無邪気な告発者だ。
店に流れている曲が、昔聖体拝受のお祝いで一緒に踊った曲だといい、授業を休んでもう少し一緒にいようという父の誘いを、エストレリャは断る。出ていく彼女が振り向いて見た父は、店の隅でさみしそうだ。父と娘のすれ違いに胸が痛む。エストレリャは、父に甘えた昔より自立しているが、父の孤独に寄り添うにはまだ幼いのだ。そして、これが彼女が父を見た最後だった。
猟銃を抱いて横たわる父。だが、やはり死の真相は語られず、父の死後、病気になり、回復した主人公が、父の乳母のすすめで南に旅立つ決心をするところで物語りは終わる。「エル・スール」は南の意味だというが、南の地は一度も場面に出てこない。主人公は、このあと、父の足跡をたどり彼の苦悩を理解することになるのだろうか。
2009年04月11日
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