2009年11月07日

空気人形

 是枝監督初のファンタジー作品「空気人形」。

 雨降りの中、ただいまと声をかけて家に入り、夕食のテーブルで職場のグチをしょうがなさそうに話す男(板尾創路)。だが、彼の前に座っているのは等身大の人形(ペ・ドゥナ)。その人形が目覚め、持ち主が揃えていた中からメイド服を選んで外に出て行く。狭くて生活感いっぱいの部屋と、人形の愛らしい透明感が対照的。

 幼い子どものようなおぼつかない足取りで、人形が歩くのは侘しい街角。出会う人のマネをしながら世界と触れ合っていく姿がユーモラス。
 でも、そこに暮らす人々は、みな孤独だ。殺人のニュースを見ては、自分がその犯人だと名乗り出る老女、父と暮らす少女、職場で若い子ばかりがいい目を見、若さに固執する中年女、不潔な部屋で過食を繰り返すOL。彼らが小さな町の中ですぐそばで暮らしながら、互いの交流がなく、孤独に同じ日常を繰り返すさまが寂しい。

 ビデオ店を訪れた人形は、店員の純一(ARATA)に恋をしてそこでアルバイトを始めるが、ある日、手首が裂けて空気が漏れ、急速にしぼんでいく体に純一が息を吹き込んで助けてくれる。その場面がショッキングかつ官能的。
 彼女が人形であることに驚きもせず、純一は自分も中身が空っぽだといい、二人はデートするように。だが、人形は、家に戻れば、変わらず持ち主の欲求を満たさねばならない。

 純一が語るような子ども時代の記憶も、祝われる誕生日もない人形。人間は誰もが死ぬのだと聞いた彼女は、空気ポンプを捨て、一度きりの生を生きようとする。ボートで風を受ける喜びに満ちた表情。だが、彼女の命は、人間よりずっとずっとあやういものなのに。心をもってしまった人形が健気で悲しい。

 人形は、自分は持ち主にとって性欲処理の代用品だ、というが、持ち主は、まるで本当の恋人であるかのように彼女に話しかけて過去の恋愛をなぞっていて、まったりと穏やかな一人芝居のやり取りからは、彼が人形に求めているのはセックスだけでないのだろう。だが、実際の感情のやり取りはもう面倒で、人間関係から逃避した結果が人形なのだ。

 一方純一は、彼女と人間的な心の交流をしているように見えて、彼が彼女に求めるものも倒錯している。人形は、息を吹き込まれた時に喜びを感じているが、彼は空気を抜くことに性的な執着を感じていて、それはまさに人形相手だから可能なこと。彼が彼女を愛しているようには見えず、二人のベッドシーンは即物的で恐ろしかった。

 パンストの飾り線を、自分の手足のシームと同じだと思ってOLに線消しのクリームを渡したり、中身が空っぽといわれて相手も人形だと思ったり。笑いを誘うそんな思い込みが、純一とのセックスで恐ろしい結果を生んでしまう。そして、心をもったまま、人形として一人で孤独に死んでいく。
 
 ゴミと一緒に横たわる彼女が見る幻想が悲しい。街で見た人たちがレストランに集まり、バースデーケーキで祝ってくれる。ろうそくを吹き消す彼女のほおを伝う涙。それは、街の人たちそれぞれが、自分のために求めている夢でもあるような気がした。

 人形が度々手に取る、色とりどりの空きびんがキレイ。純一と歩く彼女の影がすうっと透けているのと似て、はかなげだった。
posted by HIROMI at 16:59| Comment(6) | TrackBack(22) | 日記
この記事へのコメント
TBありがとうございます。

>彼が彼女を愛しているようには見えず、二人のベッドシーンは即物的で恐ろしかった。

はっきり描かれてはいませんが、もしかすると彼はバイクの事故か何かで恋人を失ったのかもしれませんね。
そのとき、空気人形のように息を吹きこむことで彼女を生き返らせることができていたら…。
そんな気持ちがあの倒錯的な行為に走らせたのかもしれません。
やはり「代用品」であることに違いはないんですが。
そんな想像をさせてしまうところも切ない映画でした。
Posted by きぐるまん at 2009年11月08日 09:39
きぐるまんさん
お越し下さってありがとうございます。
なぜ純一が、自分も空っぽだというのかは、描かれていませんでしたが、破壊的な傷を抱えていたことが想像されますね。
彼が彼女に望みをいい、それを彼女が承諾する場面から、すでに終末感がただよっていましたし、ベッドシーンは、倒錯してて空虚で、あの場面だけホラーのように感じました。でも、人形の側から見たからそうでも、純一も、あんな風にせざるを得ないのだと思うと、切ないですね。
心をもった、きれいで無垢な彼女の最後が悲しかったです。
Posted by HIROMI at 2009年11月08日 11:09
こんにちわ。
代用品であること、代用品を求めてるとこ、何もかもが一方通行で切なかったです。
その中で、オダギリジョーの出てくるシーンが印象的でした。
「いってらっしゃい。」って言ってもらえて、よかった。

Posted by satic at 2009年11月10日 10:04
saticさん
コメントどうもありがとうございます。
出てくる人たちがみんな、満たされない、寂しい人たちばかりでしたね。人形がみた世界も、人形の運命も、彼女の望みからは遠くて、切なかったです。
彼女が人形だと見抜く、オダギリジョーのシーンが、一番ファンタジックだったかも知れないですね。それに、一番温かな感じがしました。
Posted by HIROMI at 2009年11月10日 20:22
こんにちは♪

>彼が彼女を愛しているようには見えず、二人のベッドシーンは即物的で恐ろしかった。

そうなんですよ。。。
だから彼は彼女の中に息をふきこんで、
何をおもったんだろうっておもったんですよね〜!!

なんかはななげで悲しい映画でしたね。
Posted by Nakaji at 2010年01月25日 13:11
Nakajiさん
お越し下さってありがとうございます。
純一とのベッドシーンは、彼が一方的に欲望を満たしているように見えて、寒々としたものを感じたのですが、かつて失くしたものを蘇らせたい、という思いのあまりなら、全然違う場面に見えるなあ、と今は思います。
誰もが、求めるものを得られず、切なくはかなく、悲しかったですね。
Posted by HIROMI at 2010年01月25日 20:14
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