2009年12月13日

戦場でワルツを

 たけり狂った犬たちが道路を走り抜け、子どもを抱いた女性の影に、思わず二人が危ない、と思った。行き止まりの建物に犬たちが吠え続ける。
 だが、これはアリの友人ボアズがアリに語る悪夢。ボアズはそれが24年前のレバノン戦争のせいだと分かっているが、アリにはその時の記憶がない。不審に思った彼は、臨床精神科医オーリの勧めに従って、失われた記憶を求めて、かつての戦友たちを訪ねていく。

 巨大な女に抱かれて炎上する船を見たという、カルミが戦場に向かう船で見た夢の話。彼は、レバノン上陸時に通りがかったベンツを蜂の巣にした記憶を語るが、その場面は鮮烈だと同時に、極端な反応が夢の続きのように、非現実的な感じがする。
 カルミと別れた後で、アリがフラッシュバックに襲われて思い出した光景も、まがまがしい。海と畑に挟まれて延々と続く道を戦車で進む間中、機関銃で水平掃射。死体と負傷兵を始末するために延々引き換えし、また戻ってくる間も空間に向かって打ち続ける。この光景を夢だといわれたら、そう思うだろう。
 戦車を撃った一人の敵を、数人で一斉射撃。殺した相手は子どもだっが、フレンケルが語る出来事の記憶も、一緒にいたばずのアリは思い出せない。彼は記憶とともに、罪悪感やショックを封じ込めているのだ。
 命からがら逃げ延びたのに、裏切り者だと思われるのが辛く、仲間と距離を置いていたロニー。だが、彼は辛い体験の隅々を覚えていて、援護しなかった上官や、爆弾の飛ぶ海を泳いだ詳細を語る。彼がその記憶に耐えられたのは、被害者だからではないだろうか。仲間に対するうしろめたさも、弁解したい気持ちと裏腹だ。
 残酷な場面も覚えていて、いつも部隊の先頭を歩いていたフレンケル。一番戦場に適応していたと思われる彼は、膠着状態を突破すべく、一人機関銃を空に撃って道路を占拠。だが、その勇姿も、ワルツを踊っているように、非現実的なのだ。

 アリの記憶が少しずつもどるにつれて、話はサブラとシャティーラの虐殺に近づいていく。
 ファランヘ党の指導者バシールが暗殺され、報復として、兵士たちがパレスチナ人の男の額に十字を刻んでトラックに積んだ、なぶり殺した後死体を切り刻んだ・・。悪夢のような証言と、キャンプいた女性や子どもが連行され、それを遠くから見張っていた男の話が続く。無抵抗の市民の虐殺。
 異常事態をシャロンに報告したジャーナリストは、ただ「ありがとう」と言われという。その彼がキャンプに入って行った話に導かれて、アリは決定的な記憶に対峙する。破壊つくされた通りの先に、銃をもった自分が、カルミと立っている。

 海から全裸で上がってからすれ違う、黒ずくめの女たちの群れ。アリの記憶のなかでただ静かに進んでいた彼女たちは、正しい記憶の中では、怒り、狂ったように泣き叫んでいる。凄惨な蛮行を犯した側にいたという事実、耐え難い罪悪感や、ショックから逃れ、夜毎の悪夢から逃れるために、アリは記憶を封じ込めたのだ。

 アニメだった画面が、まるで我に返ったように実際の映像に変わる。瓦礫に埋まった少年の頭、傷だらけの顔で死んでいる女性。映像でさえ正視に耐えない惨い光景。その前で泣き叫ぶ人たち。
 事実が、個人の記憶のあいまいさや歪みを剥がされて、事実そのままの姿で浮かび上がった瞬間のように思われた。
 
 想像を超える場所に突然放り込まれ、それに適応しなければならず、戦争を生き延びたあとも、今度は元の生活に適応しなければならない。PTSDを発症するか、記憶そのものを消すか。それ以外では生きていけなかったのだろう。20年という長い年月を経てしか向き合えない、事実の重さに圧倒された。 
posted by HIROMI at 17:05| Comment(0) | TrackBack(7) | 日記
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Excerpt: 映画監督のアリは、ある夜の悪夢をきっかけに、20数年前に従軍したレバノン侵攻の際の記憶が抜け落ちていることに気付きます。かつての戦友たちを訪ね、当時の話を聞きだす中で、徐々に、記憶が浮かび上がってきて..
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