姉と弟の絆を通して家族の姿を描く、山田洋次監督の10年ぶりの現代劇。
夫の死後、小さい薬局を営みながら、姑と暮らし、娘・小春を育てた吟子。彼女には、母代わりになって面倒を見た弟・鉄郎がいるが、旅役者の彼は数年来音信不通。ところが、小春の結婚式に突然現れたかと思うと、酒に酔って式をめちゃくちゃにしてしまう。
花婿側の親戚が怒り、兄が怒るなか、なんとか回りを治めてまわり、鉄郎のことも許す吟子だったが、その後しばらくで、鉄郎の恋人がやって来て、鉄郎が彼女にしていた借金を肩代わりすることに。それを知った鉄郎のいいかげんな態度に怒った吟子は、とうとう彼に絶縁を宣言してしまう。
酒を飲んだらアホがよけいにアホになるのを分かっていながら、姉が席を立ったちょっとの間に、つい目の前のグラスをつかみ、若者にあおられて一気飲みをし、頼まれもしないスピーチで延々坂田三吉を講釈して「王将」を歌い、あげくにテーブルをひっくり返す。本当に迷惑もいいところ。
悪気はないけど、節操も常識もなく、わがままでいいかげん。でも、人懐こくってどこか憎めない鉄郎。式の翌日、怒って部屋を出た吟子に年甲斐もなく「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼ぶ姿には、甘えとすまなさとが混ざって、何とも見放しがたく哀れでおかしい。
堅実に真面目に生きる吟子と、いつまでもフラフラと定まらない鉄郎は、さくらと寅さんみたいと思ったけど、人に慕われることも多い寅さんとちがって、鉄郎は何もかもがふがいない。
鉄郎のハタ迷惑ぶりは極端だけど、犯罪者じゃないし、何とか稼いでるし、本物のアル中でもなさそうで、こういう感じの大阪のおっちゃんは、たくさんいるんじゃないかと思う。鉄郎のような人に囲まれた、鉄郎のような人、の方がきっと多くて、多分、自分のことをこんなもんだと思っている。
だけど、吟子や兄のような優秀な兄弟に引け目を感じながら育ったなら、できの悪い弟は辛かったろう。自分でしかいられないままどんどん世間からはずれていき、それでも兄弟に反発せず、再会するたびに繰り返される密なやり取りは、どこかホッとさせるものがある。
借金を取りにきた恋人は、厚かましいそうでいて、苦労と人のよさと健気さがにじんで、行儀の悪いところとか、鉄郎にぴったり。こんな人に別れられてしまうのがもったいなくて、寅さんのリリーを思い出した。
これまで、金の無心で困らせたことはなかったらしいのに、金の切れ目が縁の切れ目。謝ればいいのに謝れず、小春に名づけのことでもなじられて、逆切れしてしまう場面は哀れだった。寅さんなら「それを言っちゃあおしめえよ」だろう。喧嘩のあとに家を飛び出すのも似てる。
ガンに侵された鉄郎は、民間ホスピスで最後の日々を送る。天王寺界隈が映っていたが、モデルは東京に実際ある施設だとか。身よりがなく貧しい人々が、人間的な手厚い看護を受けて、にぎやかに肩を寄せ合っている。そこへ知らせを受けた吟子がやって来て二人は再会する。
会うことを拒み、会えば「堪忍して」といい、心を開けば胃のチューブに焼酎を入れさせる。どこまでも勝手で、ひねくれて、飄々とおかしさのある人物。最期を迎えた鉄郎が、注文した鍋焼きうどんを「姉ちゃんも食べ」という場面で泣いてしまった。
小春の再婚が明日という晩、鉄郎を嫌っていた姑が、「あの人も呼んであげなくちゃかわいそう」という。最初の結婚前夜と同じシチュエーションだけど、家族の雰囲気がもっと温かくなっていて、心がじーんと熱くなった。
2010年02月07日
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コメントどうもありがとうございます。
この映画、上映後に珍しく拍手が起こって、観に来た人が観たいと思っていた世界を描いていたんだろうなあ、と思いました。殺伐とした世相に、山田監督の描く人情は、とても懐かしい感じがしますね。
小春の結婚前と再婚前に、よく似た場面が繰り返されるのは、寅さんのシリーズと似てると思いました。二つとも、近所の人たちがお祝いに訪れるのも同じでしたね。その間に、新しい本物の幸せを見つけ、地域に根を下ろし、はみ出し者だった人を受け入れ、物語がより優しさや希望が感じられる方向に向かっていました。
私は、できれば鉄郎にも、寅さんのラストのように、知人と再会して笑い合うような展開があったらな、と思いました。