2010年02月13日

抱擁のかけら

 視力を失くし、エージェントのジュディエット(ブランカ・ポルティージョ)と彼女の息子ディエゴ(タマル・ノバス)の助けを借りて、脚本家として生活するハリー・ケーン(ルイス・オマール)。ある日、知人だったというエルネスト(ホセ・ルイ・ゴメス)の死亡記事を読んだ日、彼と仕事をしたいという監督ライ・X(ルベーン・オチャンディアーノ)が訪れるが、彼は実はエルネストの息子だった。
 08年から話が遡り、1992年、レナ(ペネロペ・クルス)は父親が病院を追い出され、途方に暮れているところを社長のエルネストに助けられる。
 この二つの流れが結びつくまでが、じっくりゆっくり。細部を描くというより、しぶとくて骨が太い感じ。ジュディエットの留守中、救急車に運ばれたディエゴに、ハリーが過去を語るかたちで、やっと真相が語られ始める。

 レナはエルネストの愛人になっていたが、女優の夢が捨てられず、オーディションで起用されて、ハリーと惹かれあう。だが、嫉妬したエルネストは、息子に二人の行動を録画させ、それを読唇術者に読み取らせる。あらゆる手段を使って行動を追跡し、そのせいで毎日業火に焼かれるエルネスト。彼は常軌を逸しているようだが、ふんだんにある金と手段を使ったまでだろう。
 レナを上手くないと判断しながら彼女に引かれて主役に抜擢し、彼女がケガをすればそれに合わせて脚本を変え、完成するとすぐ二人で逃亡旅行に出かけるハリーも、エルネストの執着に呼応するように、正道からはずれていっているように見えた。

 レナは美しいが、それ以外の魅力は分からなかった。エルネストをジジイといい、セックスのあとに吐いたりするが、ハリーだって、そう若いわけでない。秘書を愛人にする社長と、女優を愛人にする監督と、どうちがうのだろう。エルネストが示す執着や見捨てられる恐怖と同じように、レナのエルネストに対する嫌悪や、ハリーとの愛への願いも、等価に赤裸々に描かれていたと思う。

 この映画で気づいたのは、繰り返しが非常に多いこと。
 ハリーが構想していた映画は、息子を捨てた父親の話だが、ライ・Xが持ち込んだ構想は、父親に見捨てられていた息子の話。ハリーが興味を持たなかったのが疑問なほど似てる。
 ライ・Xは映画の出資を申し込むが、父のエルネストも、レナを失いたくないばかりにハリーに出資している。
 ジュディエットは、真相を知ろうとするディエゴの質問に答えないが、仕事から帰ってきた彼女が、ハリーと話していた内容を聞くと、今度はディエゴがはぐらかす。
 映画の冒頭、ハリーは道を渡らせてくれた女性とベッドインするが、彼女はその後すぐ洗面所へ。レナもエルネストとの情事の直後洗面所に行って嘔吐する。
 レナとハリーが逃避行の部屋で、ソファーに重なって見る映画には、抱き合って死んだ恋人たちの死体発見の場面が映っている。
 エルネストが二人に嫉妬するように、かつてハリーの恋人だったジュディエットも二人に嫉妬。エルネストがハリーの映画を破壊しようとし、彼女はそれを手伝ってしまう。 
 別れを告げて家を出て行こうとしたレナの背中を、階段の上でエルネストが押したが、裏切りを告白したジュディエットに対して、ハリーは彼女の助けを拒否し、一人で階段を下りていく。驚きと悲しみにひきつるジュディエットの顔。この場面は、もしや同じことが起こってしまうのでは、と緊張した。
 それに、ハリーの本名はマテオ・ブランコ、レナは娼婦の時はセブリーヌ、ライ・Xはエルネストjrと、二つの名前をもっている。
 ハリーが監督した「謎の鞄と女たち」が何度も映されるが、最後にもう一度、新しく編集し直した場面が、今度は長々と映される。

 繰り返しとともに、謎と緊張が高まっていくが、最も変質的に見えたエルネストJrが、レナの死と無関係という結末は、あっけない。だが、なぜかその肩透かしにほっとした。ラストも何となくあっけらかんとしてて、突き放したような希望を感じた。
posted by HIROMI at 15:43| Comment(2) | TrackBack(20) | 日記
この記事へのコメント
TBありがとうございます。

>この映画で気づいたのは、繰り返しが非常に多いこと。

それがまあ、多重性を描くための仕掛けなんだと思うんですが、う〜ん、そんなこともあんなことも含めて(笑)、やっぱりアルモドバル作品は苦手かもしれません。
Posted by きぐるまん at 2010年02月14日 09:34
きぐるまんさん
お越し下さってありがとうございます。
アルモドバル監督の作品は、これ以外は「オール・アバウト・マイ・マザー」しか観ていないのですが、独特のクセのある作風ですね。
うまくいえませんが骨組みがごつい感じ。それでいて、意味ありげだけど気まぐれなカメラとか。いろんな意味で多重な感じでした。
Posted by HIROMI at 2010年02月14日 13:08
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