2010年03月27日

すべて彼女のために

 夜道を疾走する車、若い男のうめき声、ハンドルを握る血まみれの手。運転する男の顔にも血が飛び散っている。冒頭から息詰まる場面だ。そして、これは本当のクライマックスの3日前。

 ここから時間は3年前に遡り、国語教師のジュリアン(ヴァンサン・ランドン)と、出版社勤務の妻リザ(ダイアン・クルーガー)、息子オスカルの親子三人での幸せな生活が突然壊される場面。
 上司殺しの犯人としてリザが逮捕されるのだが、任意同行でも重要参考人としてでもなく、いきなり逮捕された時点で、もう彼女の運命は決まっている。凶器についた指紋、目撃者の証言、コートに付いた被害者の血液。偶然のいたずらによって、状況証拠がすべてリザを指し、そこから逃れられない。こんな風に冤罪が起きてしまうことがあると思うと恐ろしい。
 
 そして、3ヶ月前、ついに有罪判決により20年の刑が確定。絶望したリザは自殺未遂を起こし、ジュリアンは彼女を救うために脱獄されることを決意する。
 ここから、ジュリアンの準備が始まるのだが、脱獄経験者に話を聞き、それを元に壁いっぱいにチャートを作成。壁がどんどん文字や写真で埋まっていく。リザはインシュリン注射が必要な体で、そのことと、一枚の写真が結びついて、彼は救出の方法を思いつく。

 偽造パスポートを手に入れようとして暴力の洗礼にあったばかりの所に、裏社会の人間が商売に訪ねてくる。相手が信用できるのかどうか分からないから、手には武器が。そして、脱獄実行の3日前、病状が悪化したリザがレンヌに送られることを知り、金を手に入れるために麻薬の元締めの家に踏み込んだジュリアンには、もう裏社会の住人に負けない非情さがある。

 平凡な普通の男が、不可能としか思えないことを決意し、実現させるために危険な橋を渡っていく。それは妻を愛し、信じているから。妻を救いたい一念を貫くジュリアンは、非凡な勇者だと思う。
 だが、世間はみんなリザを完全に疑っているわけだから、リザを救うためにジュリアンが犯罪を犯せば、計画が成功しても、二人に対する判断はマイナスにしか動かない。失敗すれば、ますます窮地に陥ることに。その危険を踏み越えていくのに迷いがないのがすごい。
 しかも、状況は切迫して、決行までの時間はわずか3ヶ月。常に極限状態で映されるのは、リザではなくジュリアンだ。

 普通、冤罪事件を扱う映画は、真犯人が誰なのかを追い、それを解決していくと思うが、この映画では真犯人の映像が一瞬映るだけで、事件の真相は最後まで謎のまま。別の犯人を疑ってくれる刑事も現れず、リザは犯人扱いのまま。だからこその脱獄なのだが、計画が成功しても、ちっともハッピーエンドの気持ちにはなれなかった。

 ジュリアンが犯してしまった殺人の際に残した証拠を追って、警察が迫る。処分したはずのチャートも復元して、彼の思考がたどられる。「平凡な男だ」と刑事がいうとおり、犯罪者としては素人なのだから、多分ジュリアンの手筈は穴だらけだったのだろう。刑事の見てる写真に写っている土地にいる三人に、無事な生活は続かないかもしれない。

 救いが感じられるのは、不仲だったジュリアンの父が、息子の決意を感じ、彼を案じながら無言で送り出す場面と、母を避けていたオスカルが、ついにリザに抱きつく場面。試練ののちにやっと元に戻った家族の姿が胸を打った。
posted by HIROMI at 17:15| Comment(4) | TrackBack(7) | 日記
この記事へのコメント
こんばんは。

ぼくも冤罪を晴らす映画かと思ったら、
そうではなく脱獄のサスペンス。
不思議な肌合いの映画でした。
Posted by えい at 2010年03月27日 18:47
えいさん
お越し下さってありがとうございます。
冤罪事件よりも、夫による妻の救出劇が主になっていますよね。ドキドキのサスペンスがとても面白かったですが、やっぱり冤罪は晴れて欲しかったです。
Posted by HIROMI at 2010年03月27日 21:43
TB&コメントありがとうございます。

>この映画では真犯人の映像が一瞬映るだけで、事件の真相は最後まで謎のまま。

そこで何が行われたのかを知っているのは映画を撮っている人たちと見ている僕たち、それと犯人だけで(笑)、ほかの登場人物たちは真相どころか何がどうなったかさえまるで知らないんですね。
真相を知るのは犯人のみ。
そのまま物語を押し切ってしまうところが、ある意味すごいというか(笑)。
Posted by きぐるまん at 2010年03月28日 10:54
きぐるまんさん
お越し下さってありがとうございます。
これを観たのが、たまたま足利事件の無罪判決が出た日で、新聞を見て映画の結末がよけいに気になりました。
ないものねだりだし、意表を突く展開はとても面白かったですが、やっぱり主人公たちには、その後の幸せな生活を保障してほしかったな、と思います。真相を知るのが犯人のみで押し切ったら、当然映画のなかの波乱も終わりを迎えることはないですよね
Posted by HIROMI at 2010年03月28日 11:47
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