2010年06月26日

あの夏の子供たち

 映画プロデューサーとして制作会社ムーン・フィルムを率いるグレゴワール・カンヴェル(ルイ=ドー・ランクザン)は、運転中にも携帯電話を離さず、中毒のように仕事に漬かっている。車は免停中だが仕事のためには乗らずにおけない。役者がわがままで困らせている、監督が撮影で浪費、資金繰りがどうこう、etc、etc・・。

 そんな彼は、家に帰れば妻シルヴィア(キアラ・カゼッリ)と三人の娘に愛情を注ぐ優しい父親。次女のヴァランティーヌと末っ子のビリーがアナウンスに見立てた劇を楽しく観、思春期で気難しい長女のクレマンス(アリス・ド・ランクザン)にも気遣いを見せる。郊外の別荘で過ごす週末。緑に降り注ぐ夏の光。ふざけあう父と子どもたち。イタリアの教会で静かに流れる時間。

 だが、そんな幸せなひと時にも、グレゴワールの手元には携帯が。彼は仕事を愛し、誇りを持ち、自分の眼にかなった何作もの作品を抱えているが、その仕事は一方で彼を絶えず抑圧していて、小切手がどうとか、現像所への負債が膨らんでいるとか、資金繰りの行き詰まりに追い詰められていく。
 期待した融資を断られると、部下のちょっとした態度も、手放せなかった電話も、重いボディーブローになって疲れ果てる。だが、それでもなお精力的で、愛情と魅力に溢れ、なお踏ん張れそうにみえながら、彼の最後はあっけなく訪れた。人が死ぬ時はそうなのかもしれない。彼を必要とし、彼を愛してる家族がいるのに。それでも、追い詰められれば死は訪れるのだ。

 シルヴィアが駅で友人と会い、慰められる場面、相手の腕の中で彼女のだらんと垂れた腕が印象的だった。彼女は、イタリアでも携帯で話してばかりの夫に傷つき、体を丸めて泣いていた。それと同じ姿勢で、ヴァランシーヌもクレマンスも父親の死を悲しむ。彼女たちは声を上げて慟哭しない。もっと静かで、その深い悲しみの表現に胸を打たれた。

 ヴァランシーヌの「これから私たちはどうなるの?」の問いに、父の友人のセルジュは「大きくなって、若い女の人になり、誰かと恋をする」と答える。そう、ずっと人生は続き、そこには希望をみなければ。
 父に男の子がいたことを知り、勝手に死んだことや秘密があったことに怒るクレマンスに、母は、「父なら、死は人生の数ある出来事のひとつだ、というはず」と話す。
 事故での死なら、無理やりそう思えないこともないが、自死の場合は違うと思う。でも、自分たちへの愛情の深さを確信し、彼の強さも弱さも、すべてを受け容れているから、シルヴィアは夫の死を裏切りとは思わないのだ。そうやってグレゴワールの死を見ると、深い悲しみとともに、たくさんの思い出と、いつまでも心に生きる温かさこそが、生きていく糧として残されているのだろう。

 シルヴィアは夫の事業を受け継いで仕事を完成させようと奮闘するが、グレゴワールが融資を頼んだ先で、敬意や友情を言葉にされながら断られたのと同じように、彼女も、夫が魅力ある人だったと告げられながら、負債を減額してもらうことはかなわない。製作中の映画は続行不能のうえ、監督が訴訟を起こすといい、負債は膨大。結局会社は清算することに。夫の事業を立て直すという美談には安易にならないのがリアルだ。

 シルヴィアは故郷のイタリアに帰りたいといい、父のそばにいたいと思う姉妹たちは反対する。停電になった部屋に灯るろうそくの火、暗い夜空に光る星たち。家族の立ち直りを象徴するかのような場面が美しかった。
 それに続いて、父の職場が映り、フィルムをみつけたりイスにすわったりする少女たち。職場の人たちや管財人に別れを告げると、車はパリを去っていき、観ている方は、ここでやっと彼女たちの選択を知る。
 クレマンスは「お墓に行くはずだったのに」といい母はもう時間がないと答える。窓の外を眺めるクレマンスの頬を涙がつたう。景色はすぐに並木の美しい街並みを過ぎて、高速に。この場面を観ながら、子どもの頃の引越しを思い出した。さよならの時間なんていつも十分じゃない。懐かしい場所も、もっとあとになってから、自分で訪れなければいけない。

 シルヴィアは、映画を通して父は永遠に行き続けるといい、ヴァランティーヌは特に私たちの中に、という。クレマンスは、これからきっと、父の見出した若い監督との出会いをつむいでいくだろう。きっと父の仕事のなかに自分の将来を見るだろう。「ケセラセラ」が流れ、さみしいけれど、静かな明るさのある、別れの場面だった。
posted by HIROMI at 11:50| Comment(0) | TrackBack(10) | 日記
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