2010年07月19日

必死剣 鳥刺し

 海坂藩の物頭・兼見三左エ門(豊川悦司)は、能の見物のあと、藩主・右京太夫(村上)の側室・連子(関めぐみ)を衆目のなかで刺し殺す。斬首を覚悟していた彼に下った判決は、意外にも、役を解いた上の一年の閉門だった。妻を失くしていた彼は、妻の姪の里尾(池脇千鶴)に身の回りの世話を受けながら、閉じられた家の、さらに座敷牢のような場所に蟄居する。

 兼見の蟄居の様子と交互に、連子の刺殺に至った過去が振り返られるのだが、連子は政治に口を出し国を傾ける女の典型のような人物。倹約礼を骨抜きにし、贅沢を諌めた勘定方を切腹に追い込み、貧窮に苦しんで直訴に及ぼうとした農民を弾圧。冷酷なエゴイストで、彼女に同情の余地はない。
 だが、側室の影響が大きいといっても、それを許しているのは藩主自身。悪女に操られること自体がおかしいのだから、彼女を排除したからといって根本は変わらないはず。兼見のまっすぐな正義感はただ空振りするだろう。そして、彼が生かされた本当の理由は、恐ろしいものだった。

 兼見に閉門を命じて彼を生かした中老の津田(岸部一徳)。彼の言葉を通してしか、藩主の意思は伝わらない。閉門を解かれた後でも孤独な生活を続けているのを藩主が気に入った、と近習頭取に召されて藩主のそば近くにいることに。だが、藩主は彼の顔を見たくないという。そして、ある日、津田は、兼見が必死剣の使い手であることを見込んで、藩主の命を狙う者から彼を守れと命じる。何か裏を隠しながら、兼見の運命を左右する中老が不気味だった。

 一人で城に乗り込んできた別家の帯屋(吉川晃司)。剣の達人で、藩主の政道を諌めることのできるただ一人の人物。兼見と別家は、剣のことも志もよく似ているし、考えを実行に移す実直さも同じ。多分、話をすれば気の合う仲間でいられたような関係だと思う。馬鹿な藩主を守るために、彼よりよっぽどまともな別家を斬らねばならないとは。役目とは皮肉なものだ。
 そして、その役目を果たした瞬間、それは忠義でなく乱心の沙汰だとされ、兼見を援護するために控えていたはずの侍たちに、兼見を打てと命令が下る。彼らは一瞬ひるむが、命令どおりに切り込んでくる。一瞬で行動が組織される集団が恐ろしい。

 連子が心臓を一突きにされた時、血は胸のあたりを赤く染めただけだったのに、別家との斬りあいも、それに続く殺陣も、これでもかと血しぶきが上がり、惨かった。
 後ろから腹を突かれても、肩がけにされても、頭を切られても、残る力を振り絞って斬りに斬る兼見の姿は壮絶。まさかこれは不可能だろう。だが、このまま死んで欲しくない。そして、最後のとどめを打たれ、とうとう悲劇のまま終わるか、という時に、彼の必死剣が憎い裏切り者に向けて放たれたのだった。
 この場面、少し前に観た「薄桜記」を思い出した。たった一人で、しかも怪我を負った身で大勢を斬り倒して思いを遂げるというのは、時代劇の典型なのだろうか。

 この映画で一番よかったのは、自然な風景描写。理尾がただずむ庭の草むらや、耕された畑に実るきゅうりの木や、兼見と妻と理尾の三人で眺めた山や、最後、理尾が子供を抱いて佇む村の風景も、みんなとても落ち着いてきれいだった。それに、風の鳴る音や、裃の衣擦れとか、いろんな音も美しかった。
posted by HIROMI at 21:18| Comment(2) | TrackBack(12) | 日記
この記事へのコメント
藤沢周平は大好きです。小説もほとんど読みました。その小説が映画になると、それを見るのも大きな楽しみです。この作品もその期待を裏切ることなく、とても良い映画だったと思います。藤沢周平の作品のどんなところに惹かれるのかと言うと、まず主人公の生き方です。この映画の主人公である兼見三左ェ門は邪悪にとても敏感で、それに立ち向かっていかずにはおれない人間で、まるでメロスのようです。でもメロスと大きく違うのは、なんと言っても寡黙で、自分の生き方を人にほとんど語らないことです。自分が正しいと思ったことは人に語ることもなく実践する、そんな主人公の生き方は武士の生き方のひとつの典型なのかもしれません。しかしそんなこととは別に、その生き方はとても魅力的で、自分もかくありたいと思った次第です。
Posted by はっさく at 2010年07月25日 22:44
はっさくさん
コメントどうもありがとうございます。
藤沢周平原作の映画なので、はっさくさんはきっとご覧になってるだろうと思っていました。
兼見三左エ門は寡黙で、彼の考えは直接言葉で知ることはできませんが、藩の危機を感じその思いを行動に移す姿に、何とかしなければという切羽詰った思いと、身を捨てた覚悟がにじんでいて、それこそ潔い武士なのかもしれませんね。でも、それが義とは伝わらず、彼が憎んだ邪悪さによって利用されてしまうのが悲しかったです。
メロスのようにハッピーエンドではないけれど、利他的な姿勢と思いを遂げる壮絶な意思は共通していると思います。
Posted by HIROMI at 2010年07月25日 23:51
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