2010年08月02日

ザ・ロード

 始まってしばらくかな、とのんきなことを思っていたら、4週間が経ってて、終わってしまう瞬前だった。レイトショーを観れてラッキー。書くのも遅れて、やっとアップです。

 氷柱が立っている岩場で目をさます父(ヴィゴ・モーテンセン)と子(ディ・スミット=マクフィー)。ショッピングカートを引き、寒さに耐えながら歩いていく場所には、どこにも生物の気配がない。立ち枯れた木々、幽霊船の帆のように傾いた電柱が脇を埋める広い道路。車の消えた巨大な高速道路は、天空にかかる不気味な橋のよう。街も、ただ殺伐とゴミが散らばっているだけ。世界は何らかの原因で破壊され、それ自体が巨大な廃墟になってしまっているのだ。

 荒廃した終末の風景と交互に、破壊以前の過去が映る。明るい日差しのなかの美しい妻の姿、彼女が弾くピアノ。だが、その思い出も、悪夢のように父を眠りから覚まさせる。災害が起こったあと、強い不安を抱きながら子供を産んだ母は、狂った世界を拒否し、闇に消えてしまった。過去の思い出は、父にとって、喪失の苦しみをつのらせるものなのだろう。

 荒廃した世界を旅しながら、父は子供に勇気や美徳を話し続ける。自分たちは善き人であり、火を運ぶのだ、と。生きるだけが精一杯の状況で、誇りや徳をもつことも、それに意味を見出すことも難しいだろう。父の言葉は強靭な精神の証拠。そして、二人が目指す南の地も、胸に宿る火という言葉も、生きるための希望を表しているように思えた。
 その一方、食べ物を求めて人間を狩る者たち。銃を手にした者たちが突然現れ、彼らの襲撃から必死で逃げる場面は壮絶。偶然彼らのアジトで見た、積み重ねられた靴や血だまりの洗面器のおぞましさ。裸で押し込められている人間たち。善き人であるとは、狂気と暴力にさらされた世界で、なお正気を失わないことだ。

 餓死の危機がすぐそこにある状態だが、もっと恐ろしい死に方を避けるために、父は子供に何度も銃の使い方を教え込むし、アジトで見つかりそうになった時は、子どもの額に銃口を当てた。自殺とか子殺しとかが、尊厳とか愛情と同じ意味をもつ状況。
 そんな絶望と恐怖が支配するなか、滝のそばにかかる虹を見たり、やっと見つけたコーラを分け合ったり、ほんのひと時二人に訪れる安らぎの時間が、かけがえなく美しい。そして、危険のたびに父が子供を強く胸に抱く姿も。二人にとってはお互いが生きる力のすべてなのだ。もしも二人の道行きでなければ、この話はこんなに胸を打たなかったろうと思う。

 途中まで二人が出会う人間は、人狩りでなければ、宿を取るために入った家で見る自殺死体か、半ば白骨化した体。男の子は災害が起こった後で生まれ、両親以外の人間を知らない。彼が、自分と同じ男の子の姿を見て後を追おうとし、父に激しく反抗する。友人を求める姿は本能的な感じがした。

 食べ物がいっぱい残された地下シェルターを見つけ、空腹を満たす二人の安らいだ顔。だが、そこにも安住できず歩く道で、一人の老人に出会うが、父は積み込んだ食料を分けようとはせず、子供に促されてやっと夕食に誘い、別れ際には何も与えない。次に、子供を一人待たせている間に男に荷物を盗まれると、父は相手に容赦のない仕返しをする。相手は子供を傷つけなかったし、盗んだものは返したのに。
 なんとしても生き抜くためにはお人よしではいられない。だが、相手への警戒や怒りから、父は人間としての弱さを見せていると思う。
 極限の状況では、見知らぬ人を信じて善を行うことも、自分の暴力性を封じて寛容でいることもできないのなら、善き人でいなければならないという父の言葉が空しい。だが、二つの場面とも、子供は父に教えられたとおりに悪者かどうかを見分け、相手への優しさや想像力を働かせる。荒廃した世界しか見ていない彼に宿っているまっとうな心に打たれた。

 必死に戦いながら、時に過去の影に慟哭し、次第に力尽きていく父の姿は深く心を揺さぶられた。最後まで子供を必死で守る父と、彼を信じてついていく男の子の深い絆と情愛それ自体が、人類に残された美しい規範なのかもしれない。そして、男の子の賢さと純真さ、それを映すきれいな瞳こそ、彼らが未来に運ぶべき火なのだと思った。
posted by HIROMI at 21:52| Comment(2) | TrackBack(8) | 日記
この記事へのコメント
TB ありがとうございます。

父子愛、人間としての誇り
意義深い作品でした

派手さはないが、こういう作品は好きです
Posted by リバー at 2010年08月03日 00:41
リバーさん
お越し下さってありがとうございます。
父と子の情愛が全編にあふれて、胸を打たれました。残酷な場面も多いのに、神聖な感じさえ受ける作品だったと思います。
なぜか、あまり好意的なレビューが少ないのが残念です。
Posted by HIROMI at 2010年08月03日 07:32
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