2010年09月05日

別れの曲

 今年はショパン生誕200年だとか。コンサートの代わりと思って、彼の映画を観てきました。この邦題のせいで、「エチュード第3番ホ長調」が、「別れの曲」として有名になったそう。

 1881年のワルシャワ。初恋の相手コンスタンティアに「エチュード第3番ホ長調」を捧げ、愛の喜びを表現するショパン。だが、当時のポーランドはロシアに占領され、祖国愛に燃えるショパンは、仲間たちと蜂起に加わろうと考えていた。
 そんな折、コンスタンティアに豪商が求愛し、ショパンにはパリでの演奏会が持ち上がる。コンスタンティアは、彼を戦争から遠ざけるため、エルスナー教授の願いを聞いて、心とは裏腹に冷たくし、落胆した彼は、真実を知らずにパリに旅立った。

 演奏会場には、ユゴーやデュマやバルザックやミュッセやジョルジュ・サンドが。文豪がずらっと画面に出てるのは初めて見た。聴衆を魅了するリスト。当時の貴族は、ショパンやリストの生演奏を聴いてたってすごいなあ。
 リストと友人になり、サンドに引き立てられ、パリで名声を得ていくショパン。成功を教授から知らされたコンスタンティアは、一人パリに飛んでくるが、やっと帰ってきたショパンは、サンドとの旅支度に心を躍らせていた。

 「若きショパンの悲恋」という紹介だったけど、悲恋に泣くのはコンスタンティアだ。心を隠し、ショパンを逃がしながら、やっと真実を明かそうとした時には、彼は有名な女流作家の恋人で、「来てくれたのかい」と問うショパンに「いいえ、通りがかったから」といい、自分のために作ってくれた曲を弾いて欲しいと最後の願いをして、それを聞きながら部屋を出て行く。

 何と、1934年の作品。革命のエチュードや、華麗なる大円舞曲、英雄ポロネーズなど、有名な曲が鳴り響いて、うっとり。でも、内容は、男のために女が身を引くという筋からして、ほんとに古いメロドラマみたいだった。教授がやたら喜劇的で、このあたりもすごく古い感じがした。コンスタンティアは、極端に細い眉と憂いのある大きな目が、ディートリッヒみたいで、30年代の女優の特徴なのかなと思った。

 ドイツ映画だから仕方がないのかもしれないけど、全編ドイツ語で、舞台がポーランドでもパリでも、貴族から庶民まで全員がドイツ語って、すごく不自然な感じがした。
posted by HIROMI at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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