2010年09月11日

瞳の奥の秘密

 裁判所を定年退職したベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は、25年前に起きた事件を小説に書こうと、久しぶりに昔の職場を訪れ、かつての上司だったイレーネ(ソレダ・ビジャミル)と再会した。当時判事補で婚約者のいた彼女は、今は判事に昇進し、二人の子持ちになっている。

 小説の内容は、1974年、ブエノスアイレスで、銀行員リカルド・モラレス(パブロ・ラゴ)の妻でまだ23歳だったリリアナ・コロトが暴行殺害された事件。ベンハミンは同僚のパブロ(ギレルモ・フランチェラ)とともに犯人逮捕に動き、追い詰めたものの、犯人のその後が分からなくなっていた。そして、ベンハミン自身がその後の長い年月に抱えた空しさは、未解決になった事件とともに、そのさなかに諦めた、イレーネへの愛が原因だった。
 過去と現在を行き来しながら、事件の顛末と、主人公の秘めた恋が次第に明らかになっていく構造が重層的で、これぞ映画、という作品だった。

 ベンハミンは、被害者と一緒に写真に映っていたゴメス(ハビエル・ゴディーノ)の視線に暗い欲情を見抜き、彼が犯人だと直感する。また、捜査が打ち切られたあと、駅で1年も犯人が現れるのを待っているモラレスに会い、彼の眼に宿る深い愛情に打たれて、捜査の再開をイレーネに嘆願した。瞳がものをいっているのは、ベンハミン自身もそうで、初めてイレーネを見た時の彼の眼も、賞賛と恋に満ちている。そして、街を離れていく彼を見送るイレーネの眼にも、同じく愛の影が見えた。

 ゴメスは何度も転居を繰り返し、捜査は難航するうえ、彼が犯人だという確証はない。上司の協力も得られないし、パブロはアル中でしょっちゅう職場を抜け出してバーにいりびたる。ゴメス彼の実家に送られてきた手紙をやっとの思いで手に入れても、何も具体的な記述がない。ところが、パブロが、手紙に書かれた名前がすべてサッカーチームに関係することを突き止め、大勢の客の中に犯人を見つけるという不可能に挑戦することに。
 長い迷路の先に、突破口が見えたと思うと、その前に大きな壁が立ちはだかり、それを超えるとまた迷路が。ゴメスの追跡劇はそんな感じ。そして、ついに彼の逮捕に至っても、なおそれが続いていく。

 せっかく捉えて自白に追い込んだゴメスは、いつの間にか釈放され、大統領を守備するSPになっていた。テレビに映った彼を見たベンハミンの驚き。だが、ゴメスは権力に守られて手が出せないどころか、ベンハミンの身に危険が迫る。過激分子の密告とか、殺し屋を使っての暗殺。軍事独裁政権だった当時のアルゼンチンの、暗い社会状況が浮かび上がる。

 犯人を追う一方で、ベンハミンが強い関心を寄せるのは、最愛の妻を失くしたモラレスのこと。一体25年と言う歳月を、彼はどうやって生きたのだろう、と。モラレスの家を思い切って訪ね、疑問をぶつけた時、モラレスは、何もかも終わった、忘れた、という。ところが、リリアナの写真が変わらず飾られていた。
 これと同じように、ベンハミンに小説を渡されたイレーネは、自分はずっと前向きに生きてきた、過去は管轄外だ、という。だが彼女も、自分と離れていったベンハミンをいくじなしといい、言葉とは裏腹に、過去に拘泥していたのだ。

 モラレスの家を見張ってベンハミンが知る衝撃の事実。これはこの後、どう処理されたのだろうか。勇気を奮って自分の愛に対峙する決意をしたベンハミンに、イレーネは待ち構えたように微笑む。愛のために、復讐を果たし続けた人生と、一方で、愛によって、今から生き直されようとする人生。

 冒頭に、Aが壊れたタイプライターが出てくるが、主人公がメモする「怖い」と言う単語に、Aを足すと「愛してる」に変わるラストも、恐れを克服して告白する主人公の姿と重なって、うまく出来てると思った。
posted by HIROMI at 16:45| Comment(0) | TrackBack(16) | 日記
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