2010年09月19日

セラフィーヌの庭

 這いつくばって床を磨き、水辺でシーツを洗濯する中年の女。辛い下働きを黙々とこなして得る金はわずかで、家賃も滞納し、なじみの店にもツケがたまっている。そうやってセラフィーヌ(ヨロンド・モロー)が働く家に、画商のヴィルヘルム・ウーデ(ウルリッヒ・トゥクール)が偶然にも部屋を借り、誰にも知られることのなかった才能が見出される。だが、時代が彼女の機会を奪い、セラフィーヌは次第に精神を病んでいく。

 いつも息を詰めているようなセラフィーヌだが、仕事場を離れ、高い木に登って景色を眺めたり、川で水と戯れる時は深い息をして、うっとりと遠い目をしている。彼女が交歓する自然が、広々として寂しく、静かで美しい。

 夜明けの川で藻を採ったり、肉屋で血をもらったり、教会の蜀台から油を盗んだりの奇妙な行動が、自家製の絵具を作るためだったり、仕事場での居眠りは、帰宅後に絵を描いてるせいだったり、倦怠期の夫婦に見えたウーデとアンヌ・マリーが兄妹だったり、画面が進むにつれて次第に事実が分かってくることも、奥行きのある作りだと思った。

 使用人と客である二人が、少し近づいては離れるようにして互いを気にかけていく描写もていねいだった。セラフィーヌは限りなく無愛想だが、悲しげな様子の男に、草木に触れることをや、特製のスタミナ酒を勧める。そしてある日、ウーデは、風変わりで心優しい使用人が、天才的な画家だと発見するのだ。

 誰からも認められなかったセラフィーヌは、ウーデに絵をほめられ次第に心を動かしていくが、戦争が始まってドイツ軍が迫ると、ウーデは逃げねばならなくなった。仕事中の彼女を止めて、熱心に絵のことを説得したのに、今は、見せにきた新しい絵に目もくれずに用事を頼む。彼女の失望と落胆。
 だが、彼が去ったあと、セラフィーヌは仕事をやめて施しを受けながら取り憑かれたように絵を描き続け、戦後展覧会で彼女の大作を目にしたウーデが感激し、二人は再び出会う。今度は個展を約束され、毎月の援助を受けるようになるが、恐慌が起こって、個展の開催どころではなくなってしまう。

 広い部屋を借りたまではいいが、城を買ったりウェディングドレスを作ったり、一挙に浪費に走ったセラフィーヌ。
 度を越してはいるが、若いミヌーシュと一緒に生活用品を買っている場面とつながっていて、貧しい二人にすれば、金銭感覚はよく分からなかったかもしれない。うきうきとままごとをしているよう。それに、今の評価からすれば、それだけの幸せに見合った才能だったはずだ。そして、ウーデの言葉から、世の中に認められ有名になりたいという願いが、彼女の中に根を張っていたのだろう。再びウーデが離れると、裏切られたと感じたセラフィーヌは、精神のバランスを失くしていく。

 ウーデは、最初の別れの時にセラフィーヌを励ましておきながら、死んでいると勝手に想像し、再会までの間にまったく連絡を取っていないし、狂った彼女を見舞った時も、迷いながらも看守の言葉に従ってしまう。賢く温かな人物だが、思慮深く常識的な人間のもつ普通の卑怯さが感じられた。こういった描き方も、声高でない分、この物語を奥行きのあるものにしていたと思う。

 もちろんセラフィーヌは有名になりたいから絵を描いていたのではない。ウーデに出会わなくても、一生そうしていただろう。天使のお告げは、狂おしい強烈な信仰心と、本能的な欲求の賜物だったのだと思う。周りのことなどおかまいなしに大きな音を立て、聖歌を歌いながら描いている彼女は、ウーデに出会う前から、恍惚のなかに狂気が混じっている。もともと孤独な彼女は、ウーデと離れて後、自分の部屋に閉じこもって創作を続け、誰の目からも明らかな狂気をつのらせていく。

 狂った姿はなぜウェディングだったのだろう。士官に求婚された話は本当だと思えなかったが、恋愛への憧憬や必要とされることへの深い要求があったのではないだろうか。
 絵と完全に離れた彼女が、大きな木に一人近づいていくラストは、悲しくも安らかだった。
posted by HIROMI at 21:09| Comment(0) | TrackBack(7) | 日記
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