2010年09月25日

彼女が消えた浜辺

 ロースクールの同級生たちが、車に分乗してバカンスに繰り出した。アミールとセビデー(ゴルシフテェ・ファラファニー)、アヌチュールとナジー、ペイマンとショーレの3組の夫婦と子供たち、ドイツで離婚した男ア−マド、彼に引き合わせようとセラビーが連れてきたエリ(タラネ・アリシュスティ)。エリはセビデーの子供が通う幼稚園の先生で、彼女だけが初対面。
 こういった集団の構成も、見ている方は、仲間同士の呼び合いから、ひとつ一つ覚えていかねばならない。カメラは無邪気な様子の大人たちの、何ということもないショットを揺れるように重ねて、初めから、ナレーションなしで進むドキュメンタリーのようだった。

 予約していた宿が手違いで満室。仕方なく浜辺のあばら家に泊まることになり、小屋を修繕したり買出しをしたり、ピクニックのような生活が始まる。美しくしとやかなエリを皆が気に入るが、彼女は、時折はしゃぐ仲間からはずれて、かげりのある表情を見せる。
 一泊で帰るつもりだったエリを引き止めるセビデー。困惑して戸口に座った彼女に、ナジーは子供たちを頼んで料理をしに行く。子供に凧あげをせがまれて、浜辺を走るエリ。一瞬心配事を忘れた、それまでで一番明るい顔。それが、観客が最後に見る彼女の顔だ。

 ペイマンのこどもが溺れ、皆が必死で助ける場面の息を飲むような緊迫感。そして、救助のあと、いつの間にか忽然と消えたエリをめぐって、仲間が対立していく。
 初めは溺れたと思って必死に探すが、見つからないため、勝手に帰ったのかもしれないと推測が及び、原因をめぐって口論に。だが、そんな行動をとる人物かどうか、エリのことは誰も知らない。
 ただ一人、エリの失踪をすぐに死と結びつけたセビデー。宿の件にしても少々強引で、何とかなるの精神旺盛な彼女なら、帰ったという想像をしてもいいはず。それなのに、エリを誘った本人として仲間から騒動の責任を向けられる以上に、セビデーがエリの運命を確信して苦しむのはなぜか、がそのあと分かる。

 セビデーはエリを帰らせないよう、彼女の鞄を隠していて、それどころか携帯までバッグに入れてもっていた。だから、それらを残してエリが帰るはずはないのだ。これらセビデーの行動が発覚し、仲間たちはまたももめる。だが、セビデーが仲間に隠していたことは、まだ残っていて、それは誰もが思いも寄らない事実だった。

 家族に連絡しようと履歴にかけると、その先に出たのは兄だと名乗る男。ところが、セビデーは彼の正体を知っていた。呼び名以外正式な名も知らないのに、エリのプライベートを知っているのは、アーマドとくっつけようとエリをしつこく誘った結果だ。

 そして、エリの事故を知らされた男が小屋にくることになると、それまで内輪もめしていた仲間たちは、一転して結束。相手の非難から自分たちを守ろうとして、エリの事情は何も知らなかったと伝えようと決める。それは確かに事実だが、一人が知っていたと言えば全員が疑われるからと、事情を知っていたセビデーまでが、同じように主張することを要求される。彼女はエリの名誉を守るために抵抗するが、すべての発端の責任者としての負い目から、集団を守ることに同意する。
 
 仲間が男と話す場面から遠ざけられ、激昂した男がアーマドを殴ったと教えられ、普通に話ができる相手じゃないと告げられて、セビデーは泣き顔を拭いて男と向き合った。もし、落ち着きを取り戻そうとする場面を見ていたら違ったかもしれない。本当のことを話してくれと頼む相手にウソを告げ、相手の最後の希望と自分の良心を深く傷つける姿は痛ましい。

 子供が溺れてパニックになり、ホッとする間もなくエリを探して奔走し、みんな神経をすり減らした。食べることも忘れ、やみくもに必死な対応を迫られた。しかも、これは彼らにすれば、セビデーのせいで巻き込まれたことだったのだ。疲れ果てているところに新たな面倒は、もう荷が重いということなのだろう。
 そうやって彼らは、初めは好ましい目で見ていたエリのことを、その人生の大切な部分を、躊躇もなく冷酷に犠牲にした。どうせ知らない相手なのだ。そして、誰もセビデーの苦しみには寄り添わない。それはただ自業自得なのだ、と。殺伐な苦い気持ちに覆われるラストだった。エリの寂しげでつつましい姿が思われて、悲しい。
posted by HIROMI at 22:03| Comment(0) | TrackBack(8) | 日記
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