新しい洋服と靴、自転車に乗せてもらって風を切り、ごちそうも食べお酒も少しだけ飲ませてもらった。バスに乗り、大きなケーキを買い、知らない建物の中へ。そこは孤児の養護施設で、大好きな父との幸せな一泊旅行は、父との突然の別れで終わる。
見知らぬ子供たちのなかでひとりぼっちになったジニ(キム・セロン)。周りがみんな孤児だと分かっても、父が自分を捨てるはずがないと信じ、着替えもせず、食事も取らず、シスターや寮母の言うことを聞かず、子供たちとも打ち解けずに、彼女はひたすら父の迎えを待ってかたくなに自分の殻に閉じこもる。いきなり衝撃的な状況に置かれたら、不安な心を支えるのは、現実を認めないことしかないのだ。
だが、賢いジニは、本当は状況が分かっている。医者に聞かれ「新しいお母さんの赤ちゃんの足に安全ピンが刺さり、それを両親に自分のせいだと思われた」、と話しながらジニの頬に涙があふれる。躾ければすむものを、大人が子供を捨てるのは、彼らの都合だ。でも、子供は親を責めず、ただ自分への誤解に不運を見ている。
そんななか、年上のスッキ(パク・ドヨン)が生理の下着を洗っているのをジニが目撃したことをきっかけに、二人姉妹のように一緒にいるようになり、傷ついた小鳥を二人で育てる。
施設には、時折西洋人の夫婦たちが訪れ、子供たちの誰かが選ばれると、その度に、施設の子供たちは、整列し、歌を歌って、養子になって海を渡って行く仲間を見送る。涙もなく、別れのことばもなく、淡々と繰り返される場面が切なかった。
足の悪いイェシン(コ・アソン)。年頃の彼女は施設に来る青年に失恋し、自殺未遂のあげくに、いやいや養女にもらわれていく。愛情の対象としてではなく、ただ労働力をあてにされて。歌もなく、整列の見送りもない別れに、彼女の薄幸な未来が見える。いつも占いをしていた彼女だが、もう必要がないのか、カードはもっていかなかった。
外国に行って幸せになることを夢みているスッキ。生理を隠しているのは、貰い手がなくなるのを恐れているから。11歳というが、年も1歳ごまかしているよう。選んでもらえるよう、笑顔も受け答えも考え抜いていて模範的。その懸命さが痛々しかった。彼女は養父母の家庭でこれからずっと、いい子を演じていくのだろうか。
二人一緒にもらってもらってアメリカに行こう、とジニを誘ったのに、約束を破って一人旅立って行った。彼女はしたたかに夢を実現していくかもしれない。だが、ありのままの自分でいる安らかさは、失ったのではないだろうか。一緒にケーキを盗み食いし、隠れて小鳥を育て、姉のように自分を慕ったジニとの絆は、彼女にとって、かけがえのないものだったろうと思う。
スッキに裏切られ、再び寄る辺を失くしたジニは、父親が引越してしまったと聞き、絶望してしまう。怒りにまかせて人形を壊し、自分も埋めてしまおうとするジニ。穴を掘った時、小鳥の遺骸も放り出すが、この時ジニは、親を失くした小鳥である哀れな自分を、一緒に放り出したのではないだろうか。息のできない苦しさから土をはねのけた時、彼女は、誰かに引き取られて違う土地で生きるという運命を受け入れる。
フランス人夫婦のもとに向かう飛行機の中、ジニは自転車に乗せてもらった父の背中を思い出す。すでに自分を捨てるつもりだった父。あとに裏切りが続く場面なのに、父との思い出は、事実の暗さですさんだり、怒りで歪むこともなく、甘美で美しいまま。彼女は、多分生涯父を愛するのだろう。「知らないでしょうね、どんなにあなたを愛していたかを」の歌の心情が重なって、本当に切ない場面だった。
施設のシスターたちは、特別優しいわけでもなく、子供たちと距離を置いているように見えた。ここは仮の宿、皆旅立っていく運命の者たちなのだ。そんななか、寮母(パク・ミョンシン)は、イェシンが去った朝に布団を叩きながら目に涙をため、ジニのスカートを縫い直しながら歌を聞く。厳しくぶっきらぼうな彼女に、深い母性が感じられて、強い印象が残った。
2010年11月13日
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『冬の小鳥』
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Weblog: ラムの大通り
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*『冬の小鳥』* ※ネタバレ有
Excerpt: 2009年:韓国映画、ウニー・ルコント監督、イ・チャンドン製作、キム・セロン、ソル・ギョング、パク・ドヨン、コ・アソン、パク・ミンション、オ・マンソク、ムン・ソングン出演。
Weblog: 〜青いそよ風が吹く街角〜
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【映画】冬の小鳥
Excerpt: 『冬の小鳥』(2009年・監督:ウニー・ルコント) 「これは本当に恥ずかしいことなのだけど…」と、在日韓国人の知人が話してくれたことがある。 かつて韓国では、自分の子どもを海
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冬の小鳥
Excerpt: しばらく父親の顔は出てこない。自転車の前に座らされて風を切って走る生涯忘れられない瞬間、お父さんのお酒を少し飲んで知ったばかりの歌謡曲を歌ったこと、よそ行きの服と靴を買...
Weblog: 再出発日記
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素敵なレビューですね。
>この時ジニは、親を失くした小鳥である哀れな自分を、一緒に放り出したのではないだろうか。
息のできない苦しさから土をはねのけた時、
彼女は、誰かに引き取られて違う土地で生きるという運命を受け入れる。
の件りが、とても美しいです。
映画を観たときの気持ちが蘇ってきました。
お越しくださってありがとうございます。
お褒め頂いて、本当に光栄です。
突然親に捨てられ、事実を受け止められない衝撃と孤独を抜けて、小さなジニが再生する場面が、とても感動的でした。
同じような重い体験をしていなくても、子供の頃の、周りの大人への愛着とか、失望とか反抗とか、仲良かった友だちとか、自分が小さかった時の何がしかの出来事を、遠くに思い出させるような作品に思われました。