2010年12月04日

ルイーサ

 早朝、隙のない服装に身を包んで、バスに乗って霊園の電話番にでかけ、夕方からは女優の家で手伝いをするルイーサ(レオノール・マンソ)。判で押したような彼女の生活には、他人との会話がなく、何かと気にかけてくれるアパートの管理人ホセ(マルセロ・セレ)にも気を許さない。唯一彼女が愛情を注ぐのはネコのティノ。だが、ティノが死んでしまい、同じ日に2つの仕事を同時に解雇され、貯金もなく、退職金ももらえなかったルイーサは、ティノの埋葬代を稼ぐために行動を起こす。

 銀行に向かったルイーサだが、毎日アパートと職場の往復だけだったために、地下鉄の乗り方も知らない。その地下鉄で、客にカードを渡して物乞いをする男を見た彼女は、そのマネを始める。初めは正直に自分の境遇をいい、それから男と同じようにHIVで大家族を抱えているといい、それでも全然稼げない。カードをやめて松葉杖を使い、ついには盲人のフリ。まごまごしていたのがどんどん大胆になり、なりふりかまわなくなっていくくせに、アパートの人たちにはバレないよう、あくまでもこそこそと”出勤”。切羽詰った必死さが、ユーモラスに描かれていた。

 だが、彼女の境遇はもちろん深刻。老いと失業。そして、事故で夫と娘を失くしたことが、ずっと前から彼女を苦しめている。失業する前、ルイーサは眠りの中で二人との幸せな場面を夢みているが、地下鉄に降りてからは、二人を失くした場面や、他人が自分をののしる悪夢に苦しむように。彼女は、他人とのかかわりを拒否して生きることによって、愛する人を失った傷を閉じ込めてきたのだ。そして、社会に手を伸ばした瞬間、喪失の現実が押し寄せてきたのだろう。

 ルイーサは、片足のない老人オラシオ(ジャン・ピエール・レゲラス)と出会うが、彼は強要するようにどなって物乞い。人は彼の惨めな姿を恐れていて、自分は彼らに見たくないものを見せてやってるんだ、罪悪感に負けて金をくれるやつらこそ負け犬、というオラシオ。偏屈だが、どん底から周囲を見る目には矜持がある。彼と仲良くなったルイーサは、彼に頼んで、どうしてもかけられなかった電話を霊園にかけ、思いのたけをののしりに込めた。二人で食べるホットドッグも、女優の看板への落書きも、幸せそう。

 優しいホセは、回線の故障というのはウソで、実は電気を止められていたと気づいて、こっそり電気代を払ってあげる。すべての事情を知ったホセ。ルイーサは、オラシオとホセに手伝ってもらって、女優の家の焼却炉でティノの亡骸を焼き、今まで流さなかった涙を流す。死んだ時も、片時も離さず箱に持ち運んだ時も流さなかった涙。多分これは家族のための分もかもしれない。そして、ティノを夫と娘の墓の間に葬った時、ルイーサはやっと、愛する家族の喪失を受け入れて、新たに歩き始めた。

 コントラストがはっきりしてるのに、柔らかな質感のある映像が独特だった。夕闇に包まれているのに、中央の部分だけ白く浮かび上がる街や、銀色の光を放つビルの群が、幻想のように美しく、画面に現れるたびにうっとりとした。

 それから、ギターやパーカッションが響く、ドラマチックな音楽もよかった。地下鉄の構内にいるストリートのミュージシャンが、ルイーサの状況に合う演奏を始める場面もあって、演劇的な感じがした。ミュージシャンたちが、彼女の名を口にしてから、ルイーサを励ますように演奏を始めるラストもよかった。
posted by HIROMI at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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