2011年06月14日

クロエ

 夫と息子がいて豪邸に暮らし、産婦人科医としてのキャリアも積んだキャサリン(ジュリアン・ムーア)。何不自由ない暮らしに見える彼女だが、パーティーを計画していた夫(リーアム・ニーソン)の誕生日に、彼は飛行機に乗り遅れたといって帰らず、翌朝盗み見た携帯には、若い教え子とのツーショットが。疑惑をつのらせたキャサリンは、夫の反応を確かめようと、偶然出会った娼婦のクロエ(アマンダ・セイフライド)に、夫を誘惑して欲しいと依頼する。

 乗り遅れはあり得ることだが、思いが強い分、そして相手の愛に確信がない分、ちょっとした行き違いの溝は深くなる。そして、夫ばかりか、かわいかった息子までが自分を避け、勝手に恋人を泊まらせる。思春期の男の子が母親離れをするのも、父親とだけ秘密を共有するのも、健全な自然なことだろう。だが、冷静に考えれば普通の事柄に、キャサリンが深く傷つくのは、彼女が老いを感じて自信をなくし、疎外感を深めているからだ。
 どう見てもまだまだ美しい女性だが、比べているのは過去の自分だから、誰でもそうなるのだろう。自分から夫を遠ざけておきながら、相手の関心が薄くなるのを恐れている。この不安定な状態が彼女に疑惑を起こさせ、そこにクロエが介在することで、彼女の恐れが形になって浮かび上がっていく。

 この話は、かなり前に観たフランス映画「恍惚」にそっくりだった。だが、クロエの人物像は、今回観た作品の方が複雑だったような気がする。うら若い美しい女。彼女がなぜ娼婦になったのかは、最後まで語られない。一体彼女の意図は何なのか、キャサリンへの感情を含め、彼女の言葉はどこまで本当なのか。

 クロエは、言葉の巧みさと本能的な臭覚で、キャサリンを操っていく。
 「妻がいるから」「仕事があるから」と初めは断るものの、次には易々と誘惑に乗る男の姿は、彼女のこれまでの経験から、簡単に作り出せるのだろう。一見律儀そうなデビッドに重ねてリアリティーがある。
 そして、「実は勃たなかった」とか、事が何も起こらなかったというのかと思わせて、次に続く生々しい情事をこと細かく再現してみせる。クロエの語りには、本当は起こって欲しくないというキャサリンの思いと、起こってしまったのなら、ことの仔細を全部知りたい、という彼女の欲望をそのまま投影している。そして、彼女は、デビッドの行動そのものと、クロエの語り口に心をかき乱されていく。

 クロエがそんな風に言葉を使うのは、そして、そもそもしてもいない情事をでっち上げてキャサリンに話すのは、彼女の心を操りたいから。だが、なぜ彼女はそんなことをするのか。
 デビッドに近づいたのに最初から見向きもされなかったため(この場面はないが)、ブライドが許さず、本来なら続きである場面を捏造したのかもしれない。お金をもらったし、ずかずかと頼んできたのは相手の方なのだから、相手の望んでいることを現実にしてしまえばいいのだ。
 クロエには、自分とは全然違う恵まれた境遇のキャサリンに嫉妬があり、それをぶつけているようにもみえる。「妻といるとあなたを裏切っているように感じる」とデビッドが言ったといい、彼が自分に本気になっていると思わせたり、息子にまで食指を伸ばし、キャサリンの家庭を壊していく。クロエの前では、キャサリンの城はものすごくもろい。

 嘘つきで執念深いクロエ。だが、彼女がキャサリンにもう来るなと言われて泣き出す場面は、一瞬演技かと思ったが、診療室を追い出された傷心の顔には真実がある。そして、次の瞬間、息子に目を留める表情には、悪賢さと同時に、最後の手段にすがりつくような必死さが。
 別の客と仕事をした部屋に、デビッドといたといってキャサリンを呼んだあと、キャサリンとクロエが肩を並べて歩く場面が心に残った。相手が服を着たままだったのに、ずっと裸でいたクロエは可愛そうだ。風邪をひいてセキするクロエをキャサリンは気遣う。何となく母と娘のような、仲間のような雰囲気。二人の出会いは、トイレで泣いているクロエにキャサリンが声をかけたことだった。その時のクロエの不思議な距離感。
 二人が堕ちてしまうショッキングな関係も、クロエのうそのせいだとはいえ、彼女をホテルに呼び出したのは、キャサリンの方だ。

 だが、彼女の言葉がもう信じられない以上、彼女の言っていることが、どこまで本当なのかは分からない。本当に恋していたのか、それも方便で、傷つけたいのがすべてだったのか。
 それでも、見終わってから時間がたつにつれ、なぜか、幼いようにも見えるクロエの表情や、親の感心を引くために悪いことをする子供のように、何としてもキャサリンの関心を引き付けようとする必死さの方が、心に迫ってくる感じがする。キャサリンが夫との絆を求めていたのと同じように、愛を知らないクロエも、人とのつながりに飢えた心を抱えていたのだと思う。
posted by HIROMI at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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