海洋天堂

妻に先立たれ、水族館の設備職員をして、自閉症の息子大福（ターフー）（ウェン・ジャン）を一人
で育てている王心誠（ワン・シンチョン）（ジェット・リー）。大福は２１歳になるが、王は自分の余命がいくばくもないことを知り、息子の将来を案じて心中を図る。だが、大福が泳ぎが得意なせいで未遂に。ワンは、息子を預ける施設を探して奔走する。

　角は絶対に直角に曲がり、物は絶対に平行に並べなければならない。同じことを何度繰り返し教えても、自分のこだわりから離れられず、ぬいぐるみはテレビの上に置くなと言われても聞かない。大福がそうするのは、父親を無視しているわけでも、他人と関わりたくないわけでもなく、理解しにくい世界を、分かりやすく秩序だてようとする、彼なりの流儀なのだろう。
　そして、父親は、自分の言葉が入らない息子に時に苛立つが、何度も同じことを繰り返すことが、彼にとっても日常の儀式のようになっていて、そんな父と子の姿は、心中未遂の直後でさえいつもと変わらず穏やか。大福の方は、自分を殺そうとした父に対して、不信も恐怖もなく、いつもと同じで飄々としている。

　大福を受け入れてくれる施設は、なかなか見つからない。義務教育を過ぎると行き場がなくなるのは、日本も変わらないだろう。親がいるとか、年齢や障害の種類が壁になる。同情を寄せてくれる職員がいても、制度や規則を越えられない。最後に行き着いた所は、精神病院のような施設で、パジャマを着て、学習しているわけでも遊んでいるわけでもなく、ただ無気力に群れている人たち。障害者の受け入れ先の貧しさは、日本でも同じだと思う。以前世話になった先生の関係で、急に展望が開けるが、生きる場所が見つかって本当によかった。

　二人を支える心ある人たち。近所に住む雑貨屋のチャイ（ジュー・ユアンユアン）は、何くれとなく二人の世話を焼くし、水族館の館長（ドン・ヨン）は、王の勤務時間中、大福も水族館に来て水槽で泳ぐことを許している。そして、水族館に巡業に来ていたサーカス団のピエロの女の子鈴鈴（リンリン）（グイ・メイ）は、公衆電話から自分の声を聞かせたり、大福に自分と同じメイクをしてあげたりする。

　鈴鈴がお手玉に使う白いボール。彼女とボールに心を奪われた大福は、好物の餅を、ボールのように投げてしまう。ボールを一人占めして騒ぎを起こしたり。そうかと思うと、父親にゆで方と教わっている玉子を、鈴鈴にあげたり。彼の中で、ボールも玉子も餅も、白く丸い、好きなもの、として、つながっているのだろう。それが、詩的な連想のように感じられた。

　大福は、いつも浜辺につれていってくれた母親と、７歳で死に別れているが、今また、せっかく仲良くなった鈴鈴が、サーカス団と一緒に去っていった。そして、この次は父親を失くすのだ。
　王は、大福が一人で生きていけるよう、バスの降り方や、Ｔシャツの脱ぎ方、モップでの掃除の仕方などを教え込む。それでも、父親がいなくなってしまう事実は変えられない。それを埋めるために、王は、「父さんが死んだら、海亀になる」と大福に教える。施設に入って父親と離れた夜、不安からパニックを起こした大福。彼が寂しくないよう、いつもそばにいて見守っていることを伝えようとする親心に泣けた。
　亀のかっこうになって水槽で泳ぎ、道でも、自分の背中に抱きつかせる。大福が水槽を見たら、いつもいる海亀。「父さんは海亀だ」というのは、息子を安心させようという切なる思いだが、彼自身、海亀のように長生きして、息子を見守りたかったろう、と思う。