2011年08月20日

新世界 / 父と暮らせば

 原田芳雄追悼特集で、「新世界」と「父と暮らせば」を観た。といっても、書くのをサボってて、もう一週間も前。

 「新世界」は、阪本順治監督の幻の短編。
 流しの佐川ニック(原田芳雄)が、新世界界隈を歩き、さまざまな人に出会う。お好み焼き屋では、元ゲイバーで働いていたというマスターと、マリリン・モンローそっくりの化粧の金髪のおばさん。彼女はフラメンコダンスも披露してくれる。
 通天閣では、いろんな職を転々としてここに流れ着いた、という男性職員。高校でいじめを受けたという女の子。二人は適当な歌で自分を語るが、ニックはギターを弾いてるマネだけ。
 大衆演劇の座長にも苦労話を聞くが、誰もが行き当たりばったりに出会った人たちのようなのに、その誰もが、相手が原田芳雄と知っているのか知らないのか、全然動じずに、自分のことばっかりしゃべってるのが驚き。原田芳雄は、「ふーん、そうなの」とか言って、完全に聞き役。

 ニックが通天閣の上の空き部屋に入っていくと、急に原田の一人芝居になり、自分の行動は、実はさる筋から依頼されて、戦争が起こったときに新世界が難民受け入れの場所にふさわしいかどうかの調査だという。電話で「社長さんいい人でさ、ここ使ってもらっていいって。難民割引もしてくれるって。俺もてんどん食いてえ〜」と、酒を飲みながらひつこく繰り返す。これって、「ビリケン」に出てきた場面にそっくり。ビリケンのおっさんもギターを持ってたし。

 串焼きやどて焼きのお店、古い映画館や大衆演劇場、ブルーシートの小屋とかが、くまなく映される。もう、よっぽど新世界が好きなのね。原田芳雄も、力を抜いて楽しそう。

 ラストは、なぜか迷彩服を着たニックが、道端に倒れてる。その姿勢は「原子力戦争」のラストにそっくり。何だろう、すっごく泥臭くて、何だかシュールな映画だった。



 「父と暮らせば」は、井上ひさしの原作の映画化。何年か前に観て、今回は2回目。黒木和雄監督が「原子力戦争」の監督だったと知り、納得。

 原爆投下3年後の夏の広島。まだ廃墟のような街に雷が鳴り、福本美津江が怖がって家に駆け込んで来る。押入れから父の竹造が顔を出し、二人で押入れに隠れたまま会話が始まる。実は父が原爆で死んだ幽霊だというのはすぐに分かるのだが、おどろしさも恨みがましさもなく、本当に生きている人のように快活で、ユーモアと温かさに満ちて、精一杯の愛情と心遣いを美津江に注ぐ。

 美津江が家に帰ってくると、変わりなくそこに暮らしているように父が現れ、二人の何気ない会話になるのだが、その話題の中心は、美津江が働く図書館にやって来る青年の木下のこと。彼が美津江に饅頭をくれたことに深い意味があるかどうかを言い合い、父は木下が美津江を好いていると言うが、美津江はそれをむきになって否定する。初めは、ただ照れて恥ずかしがっているように見えるが、会話がすすむにつれ、美津江が抱える深い罪悪感が明らかになっていく。

 自分より優秀で人望もあった親友が死に、彼女の母親に「なぜ自分の娘が死に、あんたが生きているの」となじられた。防空壕の中で突っ立ったままの姿勢で死んでいた人。瀕死の友人を助けようとしながら自分も死んだ人。健康に見えて結婚もしたのに、急に具合が悪くなり、苦しんで死んだ人。場面は映らないが、美津江の語りには壮絶な死が累々だ。自分が生き残ったことは不自然で、死んだ人に申し訳ないという思いから、自分は決して幸せになってはいけない、と思い込んでいるのだ。

 だが、美津江は木下に惹かれていて、彼のことを話す口調は楽しげで夢見心地。何でもお見通しの父の神通力を超えて、二人は原爆症の心配も、将来の子供のことまで話している。その一方、お礼にもっていくはずの味噌をもって行かなかったり、会う約束を破ったり。幸せになりたいと願いつつ、その実現を恐れて逃げ出そうとし、ついには、木下が家に来る直前、どこかに行ってしまおうとする美津江。そんな娘を、竹造は叱り、なだめ、説得し、彼女に取るべき道を示していく。

 だが、美津江の心に強いストップをかけていたのは、実は何よりも竹造に対して抱いた思いだった。
 家の前に運び込まれた地蔵の焼け爛れた顔に、彼女は心の中にしまっていた辛い記憶を思い出す。倒れた家の下敷きになった父を助けようと頑張っても果たせず、ついに父を見捨てて逃げた自分。その時父は、娘を逃がすため、グーしか出さないじゃんけんをしてくれた。「いつもの手じゃ。優しかったおとっつぁん」そう言いつつ泣き出した彼女の姿に、ふと、目の前の父の姿は幻なのだと感じられた。

 その幻の竹造の言葉が、心に迫った。「こんなむごい別れが二度とあってはいけん。お前はわしに生かされとるんじゃ。あんなにむごい別れが何万もあったというちゅうことを、覚えてもらうために、生かされとるんじゃ」「それも分からんようなら、お前のようなあほたれにはもう頼らん。他のだれかを出してくれや」。その代わりとは、彼の孫でありひ孫のこと。そこでやっと美津江は自分が生きていくことに使命があることに気づく。
 父と美津江の物語は、竹造の言葉どおり、何万とあったこと。美津江のように心に傷を負って生きた何万の人。

 竹造が「広島の一寸法師」を語る場面は、鬼気迫っていた。原爆が炸裂した熱は、1万2千度で、太陽が2つ、広島の上空500メートルに出現したことになる。そのものすごい熱で表面が泡立ち、爆風で棘が一定方向に向いた「原爆瓦」。原発事故があった今見ると、あらためて核のおぞましさが迫ってきた。
posted by HIROMI at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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