母と弟への思いをつぶやく男の独白に続いて、神の導きに従って正しく生きたい、と語る女の声。それは主人公の母だ。家の中にいる彼女に知らせが届き、彼女はそれを夫に告げる。死んだのは主人公の弟。優しく誠実だった彼。その死に母はどのように傷つき、どのように耐えたのか。なぜ神は彼を奪ったのか、試練の意味を何度も問いかける母の心の声と、優しい母に見守られながら、威圧的な父に苦しむ子供の頃の主人公の心の声。
大都会のビルの窓に映る空。ビル内の慌しい人々と、その中にいる主人公。カメラが上下に大きく揺れて、ビルの床だった足元に、急に豊かな水がたゆたっている。現在の風景から過去の光景へ、行きつ戻りつするカメラの動きが、まるで風のように感じられた。
父と母が出会い、自分が母に抱かれ、次に父に抱かれている。そして、いつしか少し大きくなった自分の前に、母に抱かれている赤ん坊の弟。気づいたら始まっていた、というような記憶の始まり。自分のなかではおぼろでも、確かに流れていた遠い時間。
地下から噴出す真っ赤なマグマ。めくるめく渦のような星雲。地球に向かって、隕石が斜め下から迫ってくる。海中のクラゲの群れ。調和の美しさというより、不安と恐れをかき立てる、果てしのない自然。私たちの生まれるはるか前から存在し、普段は感じないけれど、私たちの生命に刻まれた、地球と宇宙のいとなみ。
家が火事になり、後頭部にヤケドの痕を残す少年。どうしてこの世には、よくないことが不意に起こるのか。スーパーの前で、通りがかりに見た、警察に拘束された男たち。貧しそうな犯人。それらを見る主人公の目に、子供の頃、見慣れない光景を見た時の、恐れや好奇心、知らないことがたくさんあるのだ、という、世界が押し広げられたような感覚が、よみがえってきた。道を歩きながら、偶然耳にする他人の家の争う声。それも、知らない世界の不思議な扉だ。
主人公は、友人たちと群れて、よその家のガラスを割る。何となく一緒になった集団の負の力。それを感じながらも、彼は自分の力を示すように率先して悪事をやる。そうやって帰ってきては、母の心配そうな目に出会い、それをうとましく思いながらも、彼は、その母の視線に見守られている自分を知っている。戻って来た時、必ず庭に立っている母。何も聞かない静かな母。
父は強権的で、食事のときにも家族を支配する。沈黙を要求しながら、自分は命令を続け、弟が「静かにして」というと、パニックになったように激昂した。善良だと他人に利用される、といい、競争に勝てるよう厳しさを求め、水やりや芝刈りも、父の目からはすべてがやりそこないになる。
そんな父はうそつきで、レストランでウエイトレスを平気でからかう。自分をしつけている大人の弱点を見てしまうのは、多分、すべての子供が経験する不幸だろう。だが、厳しいだけの相手なら、それは許せない悪になる。
だが、父は実は挫折の人だ。音楽家になる夢に破れ、今は発明の特許の裁判に破れ。重要な人物になれない悔しさを息子に投影している。ピアノを弾く父。父の思いに応えるように、ギターを弾く弟。
その弟を、主人公はいじめる。素直に兄についてきて、怖い目に合わされ、それでも優しい、かわいい弟。細い壷のなかに何かが詰まり、それを取らせようとしたり、銃をもって森へ行き、筒穴に指を入れさせようとしたり。主人公は、無意識に、弟の指を傷つけたいと思っている。銃の引き金が引かれ、弟が叫び声を挙げたのは、幻想だろうか。
棒でたたくふりをしているうち、優しい弟に悪いと思い、なんとなく穏やかな時間になる。本当はとてもいとしい弟。そんな彼を、主人公は不意に失くしたのだ。
弟は19歳で死んだというが、どこでどんな状況でかは描かれない。一番下の弟が泣き、主人公も泣き、母も泣いているが、あの弟の姿はなく、職を失くした父とともに、一家は住みなれた家を離れる。故郷を離れた喪失感と、弟を失くした悲しみが、回想のなかで混ざっているのだろうか。
回想のなか、主人公が砂地に立つ木の門をくぐると、そこには、父と母、弟たち。父は自分を抱きしめ、母は弟を抱いて涙を流す。たくさんの子供や大人たち。彼らもかつての人生で通りすぎた人々だろう。それぞれが今、欠落を埋めて癒される、夢のような時。それは主人公の幻想かもしれないが、人生のすべてを許し受け入れる和解の一瞬だ。これこそ、神の恩寵なのだろう。
2011年08月25日
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