2011年09月04日

ベトナム旅行

 1日に出発して、今朝の早朝帰国という、正味2泊3日の日程で、ベトナムに行ってきた。

 空港からハノイに向かう道は、橋を造っているとかで、何キロにも渡って工事中。そのすぐ向こうでは、家がいくつも建設中。レンガ造りなので、一見すると壊しているかのように見えたが、木で足組みがされていて、作っている途中だと分かった。背の高い南方の木々が茂り、その中に固まっている家が、驚くほど建設中だった。
 そして、そのまた遥か向こうには、ビルの群れが見えて、そこから少し離れて、日本で見るような巨大な高層ビルが、そびえ立っていたが、まわりの風景と合わず、何だかお化けのようだった。
 添乗員さんいわく、ベトナムはここ数年建設ラッシュで、ホーチミンも随分姿を変えてきているそうだ。

 空港からハロン湾までは、途中バッチャンに寄ったりしながら、5時間ほどもかかったが、とにかくバイクの群れがすごかった。信号もなく、道も悪いのに、全然事故とかにならず、2日間あちこちめぐったハノイ市内のごちゃごちゃした道でも、すごい交通量なのに、大した渋滞にもならず、不思議にスムーズ。限りなく危険なのに、見えない秩序があるのは、本当に驚きだ。でも、信号がないせいで、集団で道路を渡るたびに、もうヒヤヒヤだった。

 2日めはホンガイ地区に続いてハロン湾へ。「海の桂林」と呼ばれる風景は、確かに写真で見た中国の桂林と似てると思った。鍾乳洞に入ったりしながら、ゆったり5時間のクルーズ。ところが、ここでも、鍾乳洞の入り口に船が集まると、道路の混雑に似た雰囲気で、水上が船であふれ、すごい混雑になっているのに、混乱もなく、不思議にスムーズ。接岸できなければ、互いの船の中に客を通し合って、まるで船が橋になったかのようだった。

 3日めはハノイ市内を観光して、世界遺産のタンロン城址公園や、文廟、一柱寺、ホーチミン廟、ホアンキム湖の玉山寺や、ハノイ大教会を訪ねた。
 タンロン城址は、世界遺産といっても、残っているのは城壁だけで、中にあった建物は、フランスによってすべて破壊され、建っているのはあとにフランスが建てた建物だけ。玉座があった建物の代わりにフランスによる別の建物があり、敷地の中心には、元々はなかったフランス風の建物が立っている。
 フランス占領中、フランスは過去の王朝の遺産をすべて破壊し、そこにフランス風建設物と、キリスト教と、フランスパンとコーヒーを導入したそうだ。
 玉座のあった建物のあとに造られた建物は、ベトナム戦争中、司令部が置かれたそうで、通路をめぐらせて地下にも会議室が作られた。司令部も地下室も見学できたが、かつての地図や古い写真が置かれていて、生々しかった。
 米軍は、「ハノイを新石器時代に戻す」と宣言していたそうだ。激しい戦争を、よく勝ったなあ、と思う。対仏戦争と、対米戦争の二つを戦った将軍が使っていた私室も公開されていたが、すごく質素な部屋だった。この人は今103歳で、まだ健在とか。家の前も通った。

 ホーチミン廟は、ホーチミンの遺体が安置されている場所。この前の広場で、1945年9月2日、ホーチミンが独立宣言をしたそうだ。たまたま2日が旅程と重なり、街にはお祝いの国旗があちこちで揺れていた。夜テレビをつけると彼の映像が流れていたが、若い時も年をとってからも、かっこいいなあ、と思った。

 母と初めての二人旅だったけど、私の方が、そそっかしさを注意されてばかり。母は、さっそうとして健脚ぶりで周りを驚かし、気をよくして逆サバを読んで、よけいに驚かして楽しんでいた。また近々ご一緒しましょう。
posted by HIROMI at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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