2015年07月18日

ラブ&ピース

 ロックミュージシャンを目指すも挫折し、楽器の部品会社で働く鈴木良一(長谷川博己)。4畳半のアパートでテレビをつければ、東京五輪を論じているはずのコメンテーターたちが全員、良一のことをあざけり始める。通勤電車の中でも、乗客たちが全員、バカにした視線で取り囲む。あり得ない設定は彼の妄想なのでは?と思うも、会社で思いっきりバカにされる耐えがたさは現実。
 デパートの屋上で買った緑カメにピカドンと名付けた良一は、ロックスターになる夢を語り聞かせ、手作りの人生ゲームの上を、満員の日本スタジアムでライブするゴールまでを走らせる。

 愛情を一杯注ぎ、ピカドンをいつもポケットに入れていた良一だったが、会社ではやされ追い詰められて、何とピカドンをトイレに流してしまう。そして、罪悪感と寂しさに狂いそうになるのだった。

 だが、ピカドンは死なずに地下道をながれ、捨てられた人形やロボットやぬいぐるみや、ペットたちと暮らす老人(西田敏行)の元に流れ着く。おもちゃやペットが口をきくなんて、孤独な浮浪者の妄想なのでは?と思うも、人形たちを生き返らせる老人の力は現実。そして、老人の魔法と、良一の夢を背負ったピカドンのおかげで、良一はスター街道を走っていくことになる。

 自分は氷山で、今見えているのは本当の自分の一部にしかすぎない、と良一は言うが、プロデューサーの眼に留まったのは、たまたま看板の文字をつなげて作った歌詞だし、反骨の反戦歌手といっても、ピカドンが原爆のこととも知らず、カメを思って歌ってるだけ。彼に隠されたすごい才能など多分なく、みんな夢のようなラッキーなのだ。でも、見かけと雰囲気だけは、スターらしくカッコいい。

 大事なピカドンを捨ててしまった良一は、ピカドンが彼に歌を授けに帰って来てくれた時、大好きな寺島裕子(麻生久美子)が部屋に現れると、ピカドンのことを隠そうとする。本当は弱いままの、空っぽの彼。だが、ピカドンを頼りつつ恥じる彼の奥底には、変わらぬ愛情があり、それが何とも切なかった。
 そして、彼に捨てられたのに、愛情を注がれた思い出を大事に、ずっと良一の夢のために生きようとするピカドン。捨てられた人形たちもペットたちも、大切にしてくれる老人のそばにいながら、別れたかつての主人をずっと思っている。

 ラスト近く、巨大になったピカドンが、街を壊しながらスタジアムに迫る場面は、怪獣映画そのもの。そして、自分に語った良一の言葉を口にする。ピカドン自身として語らないのが、ショッキング。それほど良一の願望と一体化していたのだ。
 我に返った良一が、舞台を降りて裕子に近づいた瞬間、清志郎の「スローバラード」が流れ始める。この曲を聴くために観ようと思ったのだけど、聴く前からもう涙が流れていた。最後は振り出しに戻るのは、結局すべて妄想だったわけでなく、良一は再生してるはず。荒唐無稽な話なのに、強烈に抒情的。なんか意味わかんないけど、すごく切ないよ。
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2015年07月17日

ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男

 1985年、ジョージア州オーガスタ。事務所に帰って来たジェームズ・ブラウン(チャドウィック・ボーズマン)は、自分のと決めているトイレに他人が入っていたことに怒り、天井に銃をぶっ放して逃走した。
 映画は、彼の子供時代から青年時代、スターに上りつめた後までを、時代を行ったり来たりしながら描き、冒頭の場面は、映画のずっとあとに、逮捕されて投獄される場面に続く。どキモを抜く始まりだが、彼の生涯は、どの場面も強烈だった。

 森の中の掘っ立て小屋に住んでいた、極貧の少年時代。母が家を出、父はジェームズを親戚に預けるが、そこではわずかな報酬のために夜遅くまで客引きをさせられた。何とか命をつないで青年になった彼は、一着の背広を盗んだ罪で何年も服役することに。そこに慰問に訪れたゴスペルメンバーの一人ボビー・バード(ネルサン・エリス)と親しくなったジェームズは、彼の家に住まわせてもらうことになり、ボビーとともにライブに打ち込んでいく。生涯にわたって彼を支えるボビーの存在は本当に大きい。

 ライブの場面がすごく楽しかった。高速ですべるような足さばきは、マイケル・ジャクソンにそっくりで、マイケルが彼に大きく影響を受けていたのが分かる。舞台では誰もがジェームズと一緒に踊っていて、すごいノリ。曲の中では「イッツ・ア・マンズ・マンズ・マンズ・ワールド」が一番好きかも。
 清志郎が、自分のマントショーはジェームズ・ブラウンがやってたことだと言っていたけど、マントが清志郎のよりずっと地味だったこと以外は、くたびれた風でしゃがんでいる時の間奏も、去っていくフリの時の切なそうな目つきまでが、そっくりだった。

 インタビューで、今やどんな音楽にも自分の片鱗があると語る彼。実際、彼の音楽は最先端で、新しい時代を切り開き、後に続いた者たちに、多大な影響を与え続けたという。
 一方、強烈な自信は独裁になり、遅刻したり気に入らない者から罰金を取ったり、自分の気に入るリズムを追求するあまり、ギターやベースをドラムだと言わせたり。彼のスター人生は、初めから仲間の嫉妬や裏切りに満ちているが、それ以降も、まるで自分から自分のすぐそばに敵を作っているかのよう。横暴で破天荒で、問題の多い人物だったのかもしれない。

 それでも、どんな苦境にも負けず、貪欲にチャンスをモノにし、自分のスタイルを貫いていくさまは魅力にあふれている。彼の全盛期は、黒人運動と重なっていて、キング牧師が暗殺され騒然となるなか、周囲の反対を押してライブを敢行し、黒人たちに自制を求めて黒人としての誇りを訴える場面は、知的で落ち着いた本物のカリスマだ。黒人として発言すれば、白人から過激派と見られ、改善を訴えて大統領に会えば、黒人からは権力に近づいていると見られる、などジレンマも抱えていた。

 欠点が多く、たくさんの人に去られても、それ以上の多くの人々を引きつけてやまなかった人物。時々スクリーンの観客に向けて、「絶対に屈しない」とか「前進あるのみ」と気持ちを語ったり、「俺は音楽もビジネスもやるんだ」と説明したり。嫉妬で妻を殴ってしまったあとに、恥じらうような視線を向けたり。そんな演出も自然だったし、こちらを見つめる彼がチャーミングだった。 
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2015年07月05日

涙するまで、生きる

 1954年のアルジェリア。地元の子供たちを教えるフランス人教師ダリュ(ヴィゴ・モーテンセン)のもとに、いとこ殺しで捕まったアラブ人モハメド(レダ・カテブ)を、憲兵が連行して来て、裁判所のあるタンギーまで彼を送り届けるよう命令。拒むダリュにモハメドを残して去ってしまった。
 復讐にやって来たアラブ人に応戦したあと、モハメドを追い出したダリュだったが、彼らに殺されることを恐れてタンギー行きを願うモハメドに、ついに同行することに。

 それからの道のりは困難を極める。身を隠すことのできない一本道で、追手が迫ったために山を越えることになり、岩肌を登り、崖から足をすべらせ、砂嵐に遭い、大雨に打たれる。助け合ううちに、ダリュとモハメドに、友情のような連帯感が生まれていく。ダリュは初めからモハメドを客のように扱っていたし、二人ともがフランス語とアラブ語を話すことが、心の交流を助けたと思う。

 モハメドが処刑を望むのは、血の代償を要求する掟のため。自分が同胞に殺されれば、幼い弟が仇を取らねばならず、フランス人に処刑されれば、殺しの連鎖を止められるというのだ。フランス支配のなか、抑圧を受けるアラブ人が、不穏な掟によって互いを傷つけ合う理不尽。
 一方、ダリュの両親は実はスペイン人で、フランス人からはフランス人ではないと見られ、アラブ人にはフランス人だと思われる、帰属の不安な立場。彼がモハメドに親近感をもつのは、そんな疎外感からだろう。アラブの子供たちを教える彼には、多分、皆が平等に暮らせる社会が理想なのだ。だが、フランスの支配を憎むアラブ人から見れば、フランス人は、全員いなくなってほしい者たちなのだ。

 悪天候から逃れ、目的地に近づいたと思ったところで、二人はアラブ人ゲリラに捕まって捕虜になる。その中に見つけた大戦時の戦友。フランス支配の横暴に怒り、ゲリラ側につく者もいたのだ。だが、殺されずにすんだところを、突然フランス軍に攻撃される。耳をつんざく激しい銃撃。追い詰められ、投降する者も撃ち殺す非情さ。徹底的な弾圧は、「アルジェの戦い」を思い出した。

 ダリュはモハメドに、何度も逃げるようにいう。支配と弾圧と死体の山。血の掟。そんななかでも、生きることを尊いと思い、意味を見出そうとするダリュ。かたくなに拒んでいたモハメドは、選択に迷い始める。希望の見えるラストに心が癒されたが、1954年は独立戦争が始まったころで、これから弾圧と殺戮が強まっていく。二人はどうなったろうか。
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2015年06月29日

奇跡の人 マリーとマルグリット

 19世紀末のフランス。ポアティエ近郊にある、聴覚障害をもつ少女たちを教育するラルレイ学院に、14歳のマリー(アリアーナ・リヴォワール)が父親に連れられてやってくる。学院長は、聴覚だけでなく視覚にも障害をもつマリーのことを、自分たちの手に負えないと判断し、父子を帰してしまうが、シスターのマルグリット(イザベル・カレ)は、マリーの教育係を申し出て、彼女を学院に連れ戻した。

 父親の荷馬車の上で、風に手をかざすマリー。音も映像もない暗闇に閉じ込められている彼女は、手のひらで精一杯世界に触れている。
 シスターたちの制止をきかず、庭を駆け回ったあげく木に登ってしまったマリー。彼女を降ろそうとマルグリットがマリーに触れた時、マルグリットは、マリーが自分を待っていたことに気付き、彼女のなかに隠された知性や人を求める心に気付く。そして、彼女の魂が放つ強い輝きに、一瞬に惹かれたのだった。

 マリーの家から学院までの長い道のり。父を途中で帰したマルグリットは、一人でマリーを連れてくる。互いの手首をつないだり、彼女を背負ったり、リヤカーに乗せたり。マルグリットに絶えず触れていたマリーは、学院に着いた時、シスターたちの顔に次々と触れていく。マリーひとりに対する愛着や信頼が芽生えなければ、周りへのこんな反応もなかっただろう。

 生まれつきの三重苦で、それまでしつけを受けなかったマリーは、食器も使えず、着替えや髪を解くことも風呂もいやがる。そんな彼女に生活の様々を教えるのは、苦難の連続だ。彼女にそっと触れていたマルグリットは、突然つかみかかったり、押さえ込んだり。まるで激しい格闘技のよう。
 食堂で大騒ぎの二人のまわりで、うろたえたり驚いたりしながらも、シスターたちは変わらず祈りをささげ、マルグリットの格闘に辛抱強く付き合っている。シーンにぴったりに流れる、寛容を説く聖書の言葉や、困難にひるまず前進するための祈り。洞察と慰めに満ちた、長い聖書の句が非常に美しかった。

 4か月を過ぎてもマリーの抵抗は激しく、むしろ後退していることにマルグリットは焦る。慣れ親しんだ場所から無理やり連れてきて、彼女には訳の分からないことを強いる毎日。だが、マリーの状態を思えば、4か月が長すぎるとは思えない。そして、マリーはきっかけを得て徐々に生活を学んでいく。
 ヘレンケラーのサリバン先生は、両親の反対を押して一人で格闘した。マルグリットも一人だったけれど、周りにいるシスターたちの存在も大きかっただろうと思う。マリーは集団のなかでも育っていったのだ。

 マリーが気に入って絶えず触っている小さなナイフ。マルグリットは手話を繰り返してその名前を教える。何度やってもやっても理解につながらない、徒労に思える繰り返しの果てに、ふと光が差し込んだようにマリーは単語を理解する。その天啓のような瞬間。それからは怒涛のように言葉を覚え、世界が広がっていくさまはドラマチックで感動的だ。

 実は不治の病を抱えていたマルグリットは、死ぬまでにマリーにすべてを教えたいと願う。そして、人が死ぬものであること、自分がもうすぐ死ぬことをマリーに教える。病に倒れて冷たくなったシスターのなきがら。墓地に立つ十字架。死んだのちに行く天国。あらゆるところにいて見守る神様。

 マリーを思うマルグリットの独白が、聖書の詩句のように美しい。そして、マルグリットの墓標の前で、天国の彼女に手話で語りかけるマリーの言葉も。感応する二つの魂の気高さと強さ。感動に震える素晴らしいラストだった。
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2015年06月17日

海街diary

 鎌倉に暮らす四人姉妹、幸(綾瀬はるか)と佳乃(長澤まさみ)と千佳(夏帆)のもとに、女性を作って15年も前に家を出た父の訃報が届く。父が去ったあとに母(大竹しのぶ)も家を出て再婚。育ててくれた祖母も今はいない。父の葬儀のために山形を訪れた3人は、父と浮気相手の間に生まれた妹すず(広瀬すず)と出会う。すずの母はすでに死に、彼女のそばにいるのは、父の3人目の結婚相手だった。寄る辺ないすずを案じた幸は、すずに鎌倉の家に来るよう誘い、4人での生活が始まるのだった。

 しっかり者の長女幸は、母の役そのもので、妹たちの行儀にまで注意する。気ままな次女の佳乃は、姉を観察しつつ、しょっちゅうぶつかったり甘えたり。結局は共闘したりの距離感がリアルだった。ほんわかマイペースの三女千佳は、みんなのクッションのような立ち位置がいい。

 自分たちを捨てた両親を許せない幸は、祖母の法事で数年ぶりにやって来た母と、激しく衝突する。父との思い出を語ることも遠慮していたすずは、自分の存在が周囲を傷つけていると思う。
 すずが自分の母のことを幸に「奥さんのいる人を好きになるなんて、いけないよね」といい、実は妻のいる同僚椎名(堤真一)と不倫関係にある幸が、はっとするシーンが印象的だ。すずとのそんな会話によって、姉妹たちは少しずつ母や父を知り、許そうとしていくのだ。

 波乱もあるが、淡々と流れていく日常。庭木が茂る古い日本家屋。四季が移ろう鎌倉の風景が美しい。そんななか、食堂で食べるアジフライや、居間で食べるしらすの釜揚げ、大叔母(樹木希林)がもって来たおはぎなど、ものを食べるシーンが豊かできれい。
 しらすのトーストが、すずの思い出に残る父の好物だったり、ちくわカレーが祖母の味だったり。いなくなった人の面影が、食べ物のなかに宿っている。そして、代々受け継がれてきた梅酒。

 墓参りの道を歩きながら、母は「私には息の詰まる場所だった」と家のことを振り返る。そんなふとした言葉から、登場人物たちの、画面には出てこない葛藤や人生の影が、たくさんのぞいていた。すずを産んだ母をうらやましがる二宮さんには、多分子供をめぐる事情があったのだろう。佳乃の上司の坂下(加瀬亮)には、多分会社での思い切り辛い経験がある。そして、そのどれもをいとおしむ作品の視線を感じた。

 父の葬儀で始まり、祖母の法事をはさんで、最後は二宮さんの葬儀。死や人の不在やはかなさがずっと漂うなか、流れ去っていく時間が、強く意識された。4人で守っている家にもそれは流れ、きっと佳乃は誰かと暮らすために去っていくだろう。千佳はきっと店長との暮らしを選ぶだろう。すずも確実に成長していく。4人が浜辺で戯れるラストに涙がこみ上げた。
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2015年05月29日

サンドラの週末

 しばらくの休職から職場復帰しようとしていた金曜日、サンドラ(マリオン・コティヤール)は突然の解雇を告げられる。彼女が休んでいた間、彼女なしでも仕事が回ることが分かった社長は、彼女の復帰かボーナスなしかを社員に選ばせる投票を行い、同僚たちが自分たちのボーナスを選んだというのだ。主任の脅しがあったことを知ったサンドラは、社長に掛け合い、月曜の再投票を約束させる。16人のうち過半数が彼女を選べば復帰できるが、運命の期限まであと2日だった。

 解雇を知らせる電話のあと、サンドラは感情を押し殺そうとするもできず、蛇口に飛びついて錠剤を飲み下す。多分彼女は精神の病と闘っていたのかもしれない。普通の復職でも、仲間に迷惑をかけたという思いや、緊張があるだろうに、これからという時に自分の存在を否定されるショックはすごいはず。だが、生活を抱える彼女は闘っていく。同僚を一人一人訪ねるが、親しかった友人に居留守を使われたり、拒否に合うたび疲れ果て、何度も錠剤に手が伸びる姿が痛々しい。

 同僚たちが選んだボーナスは1000ユーロで、充分な金額には思えない。だが、それがどうしても必要な分、彼らはさまざまな事情を抱えている。妻が失業して、ボーナスがないと生活できない。パートナーと別れたばかりで暮らしが不安定。子供の養育費のために、休日も他の仕事をしている。etc・・。そして、つっけんどんな者も、当惑を隠せない者も、みな自分たちの選択にどこか後ろめたさを感じている。そもそも、この理不尽な二者択一は、彼らが望んだことではない。苦しいサンドラは、同じように苦しい彼らの事情に触れていく。必死だが手短な説得に、あきらめと同時に彼女の公正さを感じた。

 自分のことを一人ぼっちだといい、生きることさえ辛そうなサンドラを、夫のマニュ(ファブリツィオ・ロンジョーネ)は励まし続ける。子供たちも同僚の住所を調べたりと協力。気力を振り絞り戦うなかで、彼女に味方する者が現れ、ふっと希望がもたらされる場面が美しい。そして勇気を得たサンドラは、少しずつ変化していく。

 サンドラの説得によって主任の嘘を知り、意見を変える者。ボーナスを選んだことを後悔していた男は、良心に従うことができてほっとする。選択をめぐって夫と口論し、何でも相手に合わせる生き方を変えようと決心した女性。サンドラが勇気を出して訴えたことにより、周囲の者も、自分や状況を見つめ直すのだ。ささやかだけど確かな希望。それは誇りにつながっている。

 サンドラの頑張りは社長の気持ちを動かしたが、同時に彼は臨時雇いの更新切れを計算に入れている。もし、みんながまとまって声を上げれば、理不尽な投票自体を拒否できたのでは。そもそも、社長が自分で下したい決定を、社員の選択という形にするのが卑怯で狡猾だ。だが、そんな発想が封じられているのが現在なのだろう。
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2015年05月26日

ホーンズ 容疑者と告白の角

 木漏れ日を浴びながら愛をささやき合う若い男女。その映像が突然裏返ると、さっきの青年は暗い部屋にただ一人。最愛の恋人メリン(ジュノー・テンプル)を何者かに殺されたイグ(ダニエル・ラドクリフ)は、容疑者としてメディアや自分をののしる人々に囲まれているのだった。

 子供時代が何度もフラッシュバックして、現在と交差する。恋人との幸せだった時間と現在の孤独と苦境も。イグが暮らしているさびれた街の風景と、イグとメリンが過ごした美しい森の中のツリーハウスも対照的。どこを切り取っても、明暗が際立つ映画だった。
 そして、何より強烈なのは、犯人捜しをするイグの頭に、突然角が生えてくることだ。

 奇妙なことに、誰もが、頭から突き出た角にさして驚かず、その代わり心の奥に隠す自分の暗部をさらけ出す。駆け込んだ病院の受付嬢や母親や、看護士や医者が、自分の不倫やら性欲やら、子どもへの憎悪やらを、イグに語り出す。その誰もが、おぞましくも滑稽。イグの犯罪を疑っていた両親。父はメリンに興味をもちイグに嫉妬していたと明し、母は、息子への嫌悪を露わにする。驚き傷つきながらも、相手の告白を誘う角の力に気付いたイグは、それを使って真犯人に近づいていく。

 子供の頃、ボス役の子と、兄のテリー(ジョー・アンダーソン)と親友のリー(マックス・ミンゲラ)、紅一点のベロニカ(ヘザー・グラハム)とで、いつも遊んでいたイグ。そこによその町からメリンが越して来た。メリンが落とした十字架を、リーが繕ってくれ、それをイグが返してあげた。川に落ちたイグを助けてもくれたリー。
 彼らは大人になっても同じ町で暮らし、弁護士になったリーはイグの苦境を助け、威張り屋のボスは警官に、日和見で気弱なテリーはそのままの大人になっている。人間関係の変わらない十数年。美しいメリンは誰もの注目の的だった。小さな町の限られた人間関係のなか、メリンを殺した人物は、ごく近くにいたのだった。

 メリンに突然別れを告げられたレストラン。傷心のイグを置き去りにメリンがそこから立ち去ったあと、彼女を車で送ったのに、それを黙っていたテリー。そして、レストランのメイドの偽証。保身のための卑怯さや身勝手な欲望。嘘で固められた状況に、イグは渾身の怒りで暴力をふるう。ついに見つけた敵を前にした姿は、悪魔そのものだ。残忍な仕打ちに対し、同じように残忍な力を見せつける。ホラーのような復讐譚。

 イグにより力を与えたのは、メリンの愛が最後まで自分にあったと知ったこと。「死ぬまで愛する」とイグが言い、「私が死ぬまででいいわ」とメリンが答えた短い会話が切なかった。理不尽にも、未来を絶たれた不幸な恋人たち。だが、二人以外も、殺伐として誰も幸せな人間がいず、無残な死体が累々だ。 
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2015年05月06日

ギリシャに消えた嘘

 パルテノン神殿を歩く、金持ち風の優雅な男女。ツアーガイドで稼ぐアメリカ人青年のライダル・キーナー(オスカー・アイザック)は、昨年死んだ自分の父親によく似たチェスター・マクファーランド(ヴィゴ・モーテンセン)に目をとめる。彼の妻コレット(キルスティン・ダンスト)に頼まれて二人のガイドすることになったライダル。その夜、コレットの忘れ物をホテルに届けに行った彼は、チェスターが、ぐったりした男を運んでいるのを目撃する。チェスターは、彼に大損をさせられた投資家の依頼で訪れた探偵に脅され、誤って死なせてしまったのだった。

 ライダルは、女子学生からカフェ代をごまかし、夫婦を案内しながらも、わざと違う金額を伝えて差額を懐に入れる。彼がチェスターを助けようとしたのは、親切心以外、おそらく彼が金持ちだから。偽装パスポートを友人に頼んた時も、巧みに報酬をつり上げていく。
 だが、組織に追われつつ、胡散臭い男に頼らざるを得ない苦しい状況のチェスターが、実は本物の犯罪者、詐欺師であることが、次第に明らかになっていく。男が死んでいたことを知らなかったライダルは、彼の犯罪に完全に巻き込まれていたのだった。

 そんな中、チェスターと親ほど歳の差がある美しいコレットの存在が、ライダルとチェスターの関係を、さらに不安定にし、逃亡は困難と緊張を増していく。
 ライダルと妻の様子に嫉妬を覚えたチェスターは、次第に二人の仲に疑念を抱く。二人を探して言葉の通じない街をさまよい、泥酔し、カモにされ、悶着を起こすチェスター。夫から心が離れ、緊張から耐えられなくなったコレットは、やっと乗れたバスから一人降りてしまう。 

 宿を断られて野宿する波止場。夜明けまで来ないバス。風光明媚なアテネの街が、不便でなかなか抜け出せない場所になる。待たなければならない長い時間が、彼らを心理の渦に巻き込んでいき、その間に、チェスターの犯罪が報道され、捜査網が引かれていく。そして、コレットがバスから降りたせいで歩かなければならなくなった岩場の洞窟で、第二の殺人が起こってしまうのだ。

 登場人物はそれぞれ、自分の生い立ちや父親のことを語るが、それが本当のことなのか、互いに疑っているし、観客にも分からない。チェスターがコレットを愛しているのは確かだろうが、コレットがなぜ彼と結婚したのか、彼女の本名さえ分からない。つかみどころのないまま深まっていく葛藤と亀裂は、不安を掻き立てた。

 後半、飲んでくれていたチェスターは、手ごわい犯罪者の顔を取り戻し、ライダルは、ハメられた落とし前をつけようと、しつこいタカリを繰り返す。どこに行きつくのか先の見えない展開と、人間模様に引き込まれた。
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2015年05月04日

忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 2015

 2日、渋谷公会堂で「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー Love & Peace」を聴きに行った。

 自転車に乗って公会堂に向かってくる清志郎の映像に、もう胸がワクワク。
 最初にトータス松本が現れて、「今年も清志郎さんのすごさを、みんなで確認し合おう」と言って、「よーこそ」。それから、キーの高さに悩んで半音下げてもらったと前置きし、「ベイベー、逃げるんだ」と「ラプソディー」。歌詞の間に入れるガッタ、ガッタもそのままコピーし、全身全霊の歌だった。

 二人目はTOSHI-LOW。清志郎と共演したことはなかったけれど、いつも彼ならどうするだろうと考えている、といい、「地震が起きると戦争が起こる」という清志郎の詩を朗読して、「東の空が燃えてるぜ」と「ドカドカうるさいロックン・ロール・バンド」。

 三人目は曽我部恵一。清志郎に惹かれたのは中2の時で、「ハートのエース」が初めて買った日本人アーティストの作品だったそうだ。「九月になったのに」と「山のふもとで犬と暮らしてる」。ソロで歌うのをはじめて聞いたけど、すごくのびのいい、きれいな声で引き込まれた。

 次は浜崎貴司。「いいことばりはありゃしない」のあと、一時歌が歌えなくなった時に清志郎に「もっと明るい歌を歌っていいんだよ」と言われたといい、「明るいといえるかどうかわかんないけど、こんな時代だからこそ」と、「JUMP」を歌った。

 細野晴臣は、ひょうひょうとした感じでふら〜っと現れて、「しあわせハッピー」をにぎやかに歌ったかと思うと、またふら〜っと出て行った。ほんとにどの人も個性的。

 Charは清志郎と一緒に作ったアルバム「県立地球防衛軍」から「かくれんぼ」と「S.F.」。なぜかこの人が現れるとほっとする。特に親しい友人だったわけじゃなくても、正確な理解者な感じ。恩人でもあるし。

 奥田民生は「つきあいたい」と「スローバラード」。一曲目で疲れ切ったかに見えて、次の曲でもすごい声。もうこの2曲はこの人の十八番になったみたいだ。
 それからみんながコーラス隊で出てきて「トランジスタラジオ」。 

 チャボは「ベルおいで」と「エネルギー」。さみしい孤独な曲と、激しいロックの落差が大きい。それを照れるのが、彼らしい感じだった。
 彼が「やっと出てくれました〜!」の紹介で井上陽水が現れると、会場はすごい拍手。バックのミュージシャンがすべて消え、一人の弾き語りで「帰れない二人」と「楽しい夕べに」。

 ラストは、全員で「雨上がりの夜空に」。天井から金色のテープがたくさん降ってきて、みんなそれをつかんで振りながら拍手していた。

 最後、清志郎の過去の映像が映されたのだが、2004年2月の渋谷公会堂での「ベイビー何もかも」の前のMCがすごかった。「世の中物騒だ。この国もおかしくなってる。戦争に加担する軍事政権を作ろうとしてるんだ。普通に戦争する国にしようとしてるんだ」もう11年も前なのに、清志郎が言っているのは現在のことにしか思えない。なんて敏感な人だったろうと思う。

 翌日、上野に行くと、「敬神尊攘」とか書いた街宣車が何台も集結していて、巻き舌のようなものすごい声が怖かった。公園内にも怒声が響き渡っていて、静かなはずの空間が台無し。さすがの広さで奥に進むと離れられると思ったのに、反対の出口に近づくと、そこからもまた怒声が聞こえてくる。観光客も外国の人もいるのに、あの轟音を放置してるのはなんでだろう。

 その日は、雑誌の旅行記事に惹かれて、上野から三ノ輪まで歩いたのだが、まったく無謀だった。上野公園から寛永寺までは楽勝で、公園内を弁天堂に寄ったり、上野東照宮のぼたん園を見たりして余裕だったのに、寛永寺を出てから子規庵にたどり着くまでが大変で、歩いていた道路が突然陸橋になった辺りから訳が分からなくなり、ラブホテルの集まったややこしい迷路のなかで迷って、すごく苦労した。
 そこから一葉記念館も、ものすごく遠くて、いろんな人に助けられたけど、道を間違えて引き返したり、ウロウロ迷ったりで、随分余分なキョリを稼いでしまった。道を聞くたびに「どこから来たんですか」と聞かれ、「大阪」というと驚かれた。たどり着いた記念館では「入谷駅から歩いたの?」と言われ「上野から」というとすごく驚かれた。
 説明員の人の話を聞いていると、自分がいる場所が昔の吉原のすぐ近くで、ほんのすぐ近くに、遊女が逃げるのを防ぐためのおはぐろどぶがあったことに気付き、たけくらべの世界が現実の吉原と重なった。

 一葉は龍泉寺界隈にわずか11か月しか暮らさなかったが、地元の人々はそれを顕彰し、お金を集めて記念館を建てた。それを含めて、台東区には6つもの区立の個性的な文化施設がある。地元に密着した、文化と自治の香を感じた。大阪都構想で新しい5つの区ができたとしても、地縁も歴史も共有しない、お上からの押しつけの分割区に、東京のような文化が育つとは思えないなあと、改めて思った。

 だけど、とにかくよく歩いた日だった。東京駅で空きのロッカー探しで歩き回ったのを含め、最後に新幹線に乗れるまで、朝の9時から夕方4時まで歩いてたと思う。  
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2015年04月30日

パレードへようこそ

 冒頭、連帯せよ、組合で共に闘おう、という歌がゆっくり流れる。悲壮感とか暗さより、心が開かれて高揚する感じ。緊張を含みながらも、そのさわやかさが最後まで続く映画だった。

 1984年のイギリス。サッチャーは20か所もの炭鉱の閉鎖を宣言し、それに抗議する労働者のストライキが起こっていた。警官たちが労働者たちに襲いかかるニュース映像を観たゲイのマークは、炭鉱労働者を支援することを思い立ち、仲間に提案する。
 マークは、いつも自分たちを迫害していた警官が街に少なくなったのは、彼らが炭鉱に動員されているせいだ、と気付いたのだった。炭鉱労働者をいじめている警官もサッチャーも、自分たちと同じ敵。彼は仲間と「炭鉱労働者支援レズビアン&ゲイの会」LGSMを立ち上げて、バケツを手に募金を展開する。

 ところが、集めた支援金を送ろうと労働組合に電話するも、ゲイの会だと名乗ると切られてしまう。手を差し伸べた相手からも差別されるのは辛いはずだが、全然あきらめない彼らの打たれ強さはさわやか。炭鉱に直接連絡してみようと、ウェールズの役場にかけると、あっさり了承される。
 誰もいないがらんとした部屋で鳴る電話器に、初老の婦人が怪訝そうにゆっくり近づき、訳の分からないまま返事をする線の向こうで、狭い部屋にひしめくマークたちが、飛び上がって抱き合う。ユーモラスで、切実で、思わず吹き出しながら胸が熱くなる場面。こんなシーンが満載だった。

炭鉱を代表してやってきたダンは、Lがロンドンの略だと思ったと驚くが、初めて会ったゲイに対して、偏見を持たない公正な人物。その夜のパーティーであいさつに立った彼の言葉が感動的だった。「自分よりはるかに強い相手と闘っている時、見知らぬ人たちが応援してくれると知るのは、本当に心強いこと。みなさんがくれたのは、お金ではなく友情です」。

 ウェールズで支援者への感謝のパーティが開かれるが、ゲイの招待に反対の声も上がるなか、委員長のヘフィーナや初期のクリフが彼らを温かく迎えるが、労働者たちの反応は冷たい。だが、興味を抑えきれない女たちの質問にメンバーが応えたりのなか、徐々に距離が縮まっていく。そして、ジョナサンが得意のダンス。
自然体で、自分を解き放っている姿は魅力的。セクシーなダンスに村の女たちが夢中になると、絶対踊ったりしない田舎の男たちが、モテたいがために、ダンスを教えてもらいたいと言い出す。

 それでも、ゲイに対する世間の偏見や差別は根強く、組合員や村の者にも、ゲイへの嫌悪を露わにする者も。ストライキに対する反感をあおる新聞は、ゲイの支援を受けていることを揶揄して書き立てた。記事によって、LGSMの事務所も投石される。だが、マークは即座にその危機を反転させる。いわく、「ゲイの伝統では、侮り言葉は大切に活用する」。マスコミを利用し、支援のためのコンサートを大々的に展開するのだった。

 コンサートの前、マークたちが二度目に訪れた時、寒い中ガスも止められ、困窮を深める街の悲しみ。それでも誇りを失わない労働者たちと、LGSMのメンバーは、強い絆で結ばれていく。
 そして、ゲイであることを家族に隠していたジョーが、自立していくまでの葛藤や、ゲシンが、自分を追い出した母親と再会して絆を取り戻すさまなど、メンバーの繊細な心の軌跡にも心を打たれた。

 悲しくも、運動の結果は希望とそぐわない。ゲイに対する根強い反発が、支援を打ち切りに向かわせ、ストライキ自体も勝利には終わらなかった。だが、失望と挫折に終わったかに見えた物語は、ラストに再び連帯と友情の素晴らしさを謳い上げる。自分らしく生きるために、仲間を大事にし、差別に抗して旗を掲げるって、何てカッコいいんだろう。今や古い言葉のように思える「連帯」が輝いていた。 
posted by HIROMI at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記